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心をこめて 29
「まだかな……まだかなぁ」
ボクはお兄ちゃんうさちゃんをギュッとだっこしたよ。
このおへや、広くてしずかすぎるから、またこわくなってきちゃった。
今ごろ、みんな何しているかな? 。
ひとりって、さみしいね。
ボク……どうして……こんなびょうきになっちゃったのかな?
しょんぼりしていると、トントンって、音がしたよ。
「芽生くん、入ってもいいかい?」
え! この声って、もしかして森のくまさん?
「くまさんなの?」
「そうだよ。芽生くん、久しぶりだな」
「わぁ~」
「芽生くん、大沼のおばあちゃんも一緒よ」
「おばあちゃん!」
わぁ、びっくりした。
「運動会、以来だな」
「ほっかいどうから来てくれたの?」
「そうだよ。芽生くんに会いたくなってな」
「うれしい」
「あぁ……寝ていなさい。夜までこのお部屋にいるから、安心しておくれ」
うれしい。
今、とってもさみしかったんだよ。
でもね……おじいちゃんとおばあちゃんと遊びたいけど、まだちょっとだるいの。
「うん、そうするね。ありがとう」
「いい子だ。沢山、甘えていいんだよ」
「芽生くん、広樹からお花を預かってきたの。ここに飾るわね」
大沼のおばちゃんが机においてくれたお花は、黄色やオレンジでボクの大好きな色だったよ。
「ヒロくんのお花、きれい!」
「元気が出る色よ」
「ベッドからもよく見えるよ」
「よかったわ。芽生くん、大変だったわね。どうか早く治りますように」
おばあちゃんの手って、やさしいね。
お兄ちゃんのお母さんとお父さんも、ボクの大事なかぞくだよ。
「おじいちゃん、おばあちゃん……」
「なあに?」
「そこにいてね」
白い服のお姉さんもやさしかったけど、やっぱりちょっとだけちがくて、ごめんね。
「眠くなった?」
「うん……」
ほっとしたらねむくなっちゃったよ。
「ん……?」
あれれ? 目がさめたら、かんごしさんとおいしゃさんがむずかしいお顔で立っていたよ。
「先生、芽生くんが目覚めました」
「よし、すぐに準備して」
なんだろう?
お外も暗くなっているし、急にこころぼそくなっちゃった。
「お、おばあちゃん、おじいちゃん、どこぉ?」
「芽生くん、ここよ」
手を握ってくれたのは、おばちゃんだった。
「あのね、どうして……おいしゃさんいるの?」
「……芽生くん……眠っている間に、またお熱が出ちゃって、もう一度点滴をしないといけないらしいのよ」
「え……またテンテキ? やだ……もうしたもん! やだよぅ、やだよぅ」
ベッドの上でジタバタしていると、お花の香りがしたよ。
ボクにはそれがだれだか、すぐに分かったよ。
「芽生くん!」
「お……兄ちゃん、お兄ちゃん」
「遅くなって、ごめんね」
「あのね、あのね、テンテキやだよぅ、したくないよ。じっとしてんの、もぅいや!」
お兄ちゃんがギュッと抱っこしてくれたよ。
「うんうん、分かるよ。いやだよね」
「ぐすっ」
「でもね……お熱がまた出てしまって、もう一度打たないといけないんだ。病気を治すにはこれしか……あぁ、お兄ちゃんが代わってあげたいよ……」
お兄ちゃんが、目に涙をためている。
「お兄ちゃん……ボク、はやくなおしたいよ。お兄ちゃんとおうちかえりたいよ」
「僕も寂しいよ」
「お兄ちゃんも、さみしいの?」
「当たり前じゃないか! 芽生くんがいないのが寂しくてたまらない。どうして僕は……君じゃないんだ?」
お兄ちゃん、くやしそう。
こんなにボクのことスキでいてくれるんだね。
ボクがいないと、さみしいって思ってくれるんだね。
そう思ったら、ほわんとしたよ。
小さい時、幼稚園のおむかえに、とつぜんママがこなかったの。
その日から、どっかにいっちゃったの。
ボクはさみしくて、さみしくて、いつ帰ってきてくれるのかなって、まっていたけど、帰ってきてくれなかった。
ボクはさみしいのに、ママはちがうの?
あれは……とっても悲しかったよ。
お兄ちゃんはボクはいないと、泣いちゃうくらいさみしいって思ってくれるんだね。
ボク、大切なの?
ボク、元気にならないと。
ボク、元気になりたいよ!
「がんばってみるよ」
「芽生くん、ごめんね。こんなに君ばかり頑張らせて……」
「ううん、がんばっているのはボクだけじゃないよ。みんな……だよ」
「君って子は……本当に……天使みたいだ」
お兄ちゃんに赤ちゃんみたいに抱っこされて、ほっとしたよ。
「点滴を始めるよ。滝沢芽生くん、頑張ろう! だいたいみんな2回目で熱がしっかり引くんだよ」
先生の声が聞こえる。
「……はい」
「芽生くん、僕はここにいるよ」
お兄ちゃんが傍にいてくれるだけで、最初の時よりは怖くなかったよ。
「もうすぐパパも来てくれるからね」
「うん……うん」
ボク……ひとりじゃない。
みんな、こんなにしんぱいしてくれて、やさしくしてくれる。
ぼくもなおったら、みんなにやさしくしたいよ。
****
菅野のおかげで残業はせずに、職場を出られた。
「葉山、落ち着いて行けよ。何があっても、しっかりだ」
「そうだね、取りあえず熱が上がっていないといいのだけど」
「そうだな」
どうか、どうか、もう辛い点滴を打たなくて済みますように。
祈りながら駆けつけたのに……
「みーくん!」
「お父さん!」
くまさんの渋い顔に、嫌な予感がした。
「芽生くんさ、俺たちが来てすぐ眠ってしまって……さっきから、また高熱が」
「えっ」
真っ青になってしまった。
「みーくん、しっかりしろ。芽生くんが君を待っている」
新鮮な笑顔を届けるはずだったのに、僕は結局泣いてしまった。
ごめんね……弱い僕でごめん。
「お父さん、どうしよう? 僕……笑顔を届けられないっ」
「無理するな。偽物の笑顔より、素直な気持ちをぶつけてみろ。芽生くんは聡い子だ。きっと理解してくれるよ」
くまさんの助言通りだった。
作った笑顔よりも、素直な心が届いたようで、芽生くんは僕に抱きつきながらも、点滴の針を受け入れた。
こんなに小さいのに、また12時間も点滴をしないといけないなんて。
僕にはその経験がないので、分かってあげられないのが悔しいよ。
「瑞樹、芽生、待たせたな」
「あ……宗吾さん」
「ごめんな、また遅くなって」
「お父さんとお母さんは?」
「今日はもうホテルに行ってもらったよ」
「僕、手が離せなくて」
「芽生を守ってくれてありがとう」
気が付けば、1時間ほど経っていたようだ。
腕の中の芽生くんは、またうつらうつらしていた。
「熱……上がってしまったんだな」
「はい、今度こそ、きっと下がります」
「あぁ、信じよう」
人生は、何もかも思い通りにはいかない。
穏やかで和やかな日常に、突然やってきた暗雲。
でも僕たちは傘をさしあって守りあっていく。
「元気になったらしたいことを考えよう」
「はい、僕は、皆でピクニックに行きたいです」
「オレは芽生とサッカーをしたいな」
芽生くんもうつらうつらしながらも、教えてくれる。
「ん……ボクはね……パパとお兄ちゃんといっしょにいたいな」
「芽生くん、それは一番に叶うよ」
「芽生、その通りだ。明けない夜はない!」
「それしってるよ。きのう、じょう先生も言ってたよ」
そこに白い白衣の男性が、近づいてきた。
「芽生くん偉いな。よく覚えていたな」
「え……じょう先生?」
「丈さん!」
「しっかり封じ込めるための2回目だ。大丈夫、今の所、悪い兆候はない」
丈さんに直接説明を受けると、僕も宗吾さんも心から安心出来た。
「良かったです」
「芽生くん、もうすぐ楽になれるぞ。辛い山を越えると、後は下り坂が待っているからな」
「先生……」
下った後は、きっと平坦な道が待っている。
いつもの日常が待っている。
信じて、信じていこう!
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