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心をこめて 43

 目を覚ますと、すぐに気分が上昇した。  ついに今日、芽生くんが退院できる!  それが嬉しくて溜らない。  入院生活は2週間を超えてしまった。お互い、初めての体験ばかりで、長い長い時間だったから、余計に今日という日の有り難みを感じてしまうよ。  今、何時だろう?  まだ夜は明けていないが、僕の世界は明るい光りで溢れていた。  今日は午後お休みをいただくので、あと数時間後には芽生くんと会える。  もうすぐ、もうすぐだよ。  君を迎えに行くよ。  嬉しいことばかりで、自然と頬が緩んでしまう。  すると宗吾さんも起きたらしく、背後から腕を回され抱きしめられた。 「瑞樹、おはよう。もう起きちゃうのか」 「宗吾さん、おはようございます」 「いよいよ今日だな」 「えぇ、待ち遠しいです」 「あぁ、俺も同じ気持ちだよ。芽生、入院を通じて大きく成長したな。昨日は少し寂しかったよ。まだまだ子供だと思っていたのになぁ」 「確かに芽生くんは色々なことを学び、心の成長を遂げましたが……でもきっと帰ってきたら宗吾さんにたっぷり甘えてくれますよ」  そう告げた途端、宗吾さんの胸元にキュッと抱き寄せられた。 「瑞樹のおかげだ。君がいてくれたから乗り越えられた。俺一人では無理だった」 「宗吾さんが、そんなことを言うなんて……」  今までだったら、それは僕の台詞だ。 「俺は強くないよ。弱い面もある」 「全部見せて下さい。僕も見せます」 「そうだな。俺たち家族だもんな」  隠さないでいい。  宗吾さんと僕の間には、もう何も隠さなくていい、  嬉しい時は一緒に笑い、悲しい時は一緒に泣こう!  想くんと芽生くんが同じ経験をした者同士、同じ立場で心を開いて話す様子を見て、痛みも喜びも分かち合える存在の愛おしさを知った。  首筋に熱のこもった吐息を感じた。 「あっ、あの……」  芽生くんの入院中は、お互い気持ちが整わず軽いキスをする程度だったからドキドキしてしまう。 「瑞樹、ドキドキしているのか」 「まだ……駄目です」 「分かってる。お父さんもお母さんもいるんだ。何もしないよ」 「……おはようのキスをしたいです」 「あぁ、しよう」  お・は・よ・う  これは僕らが付き合いだして、早い段階から毎朝欠かさずにしている儀式のようなキスだ。 「今日もよい日でありますように」    額をコツンと合わせ、微笑み合って、共に願う。  当たり前の毎日が、いつもの日常がどんなに愛おしいか。  僕たちが大切にしたいのは、そこだ。  この先もブレずに行こう! **** 「宗吾くん、ちょっといいか」  出掛ける支度をしていると、熊田さんに手招きされた。   「どうしたんですか」 「いや、この写真なんだけどさ」  リビングに飾ってあった俺たちの家族写真を、手に持っていた。  「あぁ、これは先日芽生のお見舞いに来てくれた駿くんの実家ですよ」 「そうなのか。なぁ、この背景に写っている家って大沼のログハウスに似すぎていないか」 「そうなんですよ。俺たちもそれで驚いて、お父さんに聞こうと思っていました」  年末年始はバタバタで、芽生の入院もあり、すっかり忘れていた。 「あの大沼のログハウスは、瑞樹の父親と熊田さんが協力して建てたと聞いていますが」 「うーん、正確には俺は手伝っただけで、設計図は大樹さんが持って来たんだ」 「……大樹さん、何か話されていましたか」 「いや、何も。俺、実は大樹さんのこと、山小屋で出会う前にどこで何をしていたのか、何も知らないんだ。大樹さんも一切語らなかったし」 「そうですか」    大樹さんが生きていれば全てがスムーズに解明していくのだろうが、そうもいかないのがもどかしい。芽生が退院して落ち着いたら、また行ってみよう。 「だけど、ここ、いいな。みーくんにとって、懐かしく親しみがある景色だな」 「実はこの辺りに、マイホームを建てたいと思っています」   思い切って告げると、熊田さんが驚いたように目を見開いた。 「本当か! 以前話したこと、本気で考えてくれたのか」 「はい、瑞樹と芽生は土に近い場所で生きて欲しくて」  素直な気持ちを告げると、力強く握手をされた。 「俺は賛成だ! この部屋で暮らさせてもらって感じたんだが……やっぱり、しんどいな。みーくんにとっては」 「必ず実行します。今回芽生の入院を通じて、俺も痛感しました。大切な家族全員が安らげる場所で、共に豊かな人生を歩みたいと」 「ありがとう。君の覚悟を聞かせてくれて嬉しいよ。真っ暗な天井は蛍光塗料で星空に変えて払拭できたが、キッチンパネルや洗面所の色……こう言っては何だが、どれもみーくんが一番選ばない色だしな」  うっ、痛いところを突かれた。  ルージュをひいたような赤い扉の色。  お父さんに指摘され、よくよく探せば出てくる出てくる。  砂糖と塩の容器に書かれた文字。靴箱の一番上に残されたピンヒール。納戸の奥に置きっぱなしの化粧品のストック。玲子の選んだものや置いていったものは少しずつさり気なく処分したが、備え付けの扉だけは無理だった。  玲子が再婚をしたのを機に、これからはお互いの家族を優先させていこうと取り決めていた。だから、もっともっと切り離していかないとな。 「俺、お父さんとお母さんにとっての宝物の瑞樹を、一生大切にします」  お父さんが、くしゃっと泣きそうな顔をした。 「ありがとう。みーくんを頼んだぞ」 「はい!」 「可愛い子なんだ」 「はい」 「優しい子なんだ」 「はい」 「幸せになって欲しい……」 「はい!」  話し込んでいると、瑞樹に呼ばれた。 「宗吾さん、そろそろ出発しないと電車に乗り遅れます」 「おぅ、行こう!」  玄関に並んだ俺たちのキーケースには、桜のお守りがついていた。  幸芽《こうめ》神社か。  無事に退院できたら、お礼参りに行こう! **** 「菅野、悪い、今日は早退したいんだけど、いいかな?」 「お! もしかして退院が決まったのか」 「うん! そうなんだ。だから迎えに行ってあげたくて」  可憐な笑顔を見せる葉山に、俺の心も浮き足立つ。 「良かったな。2週間以上も頑張ったな」 「芽生くん、本当に頑張ったよ」 「おっと、芽生坊もだけど、瑞樹ちゃんも偉かったな。頑張ったな」 「菅野……会社では菅野に全面的に支えてもらったよ。嫌な顔一つせずに残業を引き受けてくれて、ありがとう!」  瑞樹ちゃんってさ、なんていうか、本当に純真だよなぁ。    言葉に陰りがなく素直で優しいから、心にストンと届くんだ。  幸せの収まりがいい。  瑞樹ちゃんといると、俺まで幸せになれる!  いつも周りに感謝して、相手への思いやりの気持ちを持ち続ける葉山が大好きだ。 「俺も頼ってもらえて嬉しかった。ありがとう」  自然と生まれる優しい気持ちの交流に、俺自身も癒される。  葉山はリーダーと俺に見送られて、早退した。  とても軽やかな足取りだった。  愛しい芽生坊の元へ、まっしぐらに進んで行く。 「葉山はもう大丈夫そうだな。本当に幸せそうだ」 「はい、今はとても落ち着いています」 「そうか、どんな愛の形でもいい。明るい笑顔が一番だ」 「リーダー?」 「そういう菅野も最近幸せそうだな」 「あ、はい」 「まだまだ青春だよ、俺から見たら君たちの年代は、頑張れ!」 「な、何をですか」 「まぁ……いろいろさ。まだまだ青い菅野くん」 「リーダー!」  青空のように心が広いリーダーのこと、俺も葉山も尊敬してます!     

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