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幸せが集う場所 8

「ところで瑞樹、どうしてジャムをいっくんと潤が選んだと分かったんだ?」 「それはですね。瓶に可愛い手形がついていたんですよ。ほら、ここですよ」 「あぁ、なるほど!」    小さないっくんの手の痕が、ジャムの瓶にぺたぺたとついていた。  可愛いな、よほど大事に抱えてくれたんだな。  俺にもふわりとその微笑ましい光景が浮かんできた。 「そうか、贈り物って貰う方だけでなく、贈る方も幸せな気分になるんだな」 「はい、そう思います。落ち着いたら僕たちも心をこめてお返しをしたいですね」 「あぁ、心が行き交うようでいいな」  若い頃はそういう風習を面倒臭いと感じ、結婚の内祝いや出産の内祝いは全て玲子任せだったことに気付いた。俺、なかなか最低なヤツだったな。  芽生が入院し、身をもって周りの優しさを感じた。  今回の入院は、俺たちだけでは、とても乗り越えられなかった。 「宗吾くん、そろそろ食事にしないか」 「そうですね。このジャムも一緒に食べましょう」 「はちみつもいいが、ジャムも美味しそうだな」 「軽井沢のジャムも絶品ですよ」  兄さんが焼いてきた食パンを厚切りにし、バターをのせてトースターで焼いた。それにたっぷりのジャムをのせて頬張れば、甘酸っぱさが口中に広がって最高に美味しかった。 「あーコホン、芽生、これも作ってみたんだが」 「わぁ、白パンだ」 「生地だけ作って、手でこねたんだ。芽生、ほらこのレシピだ」  ギョギョ! 兄さんが漢字だらけのレシピ本を広げて、芽生に真面目に説明している。芽生を子供扱いするのではなく、対等に扱ってくれている。 「おじちゃん、ボクにもできるかな?」 「できるさ! 芽生は私の甥っ子だからな」 「えへへ、おじちゃんみたいにかしこくなりたいなぁ」 「なれるさ。それに運動神経も抜群だ。宗吾の息子だからな」 「わぁ! おじちゃんってやさしいね。パパのこともほめてくれてありがとう!」 「そ、そうか、優しいか」  に、兄さん、そんなに誉め上手だったか。  芽生相手にデレまくる兄さんの様子に、母さんが苦笑していた。  いやいや、人ってこの歳でも変われるんだな。  俺も兄さんを見習おう!  もっともっと心優しい瑞樹に寄り添っていけるように、まず行動できる男になりたい。今回の仕事ではかなり苦戦したが、俺が率先して動き出したら、世界が回り出した。  じっと待っているだけじゃ駄目だ。それを痛感したよ。 「宗吾、そう言えば……お前に頼まれた北鎌倉のお子さん、元気かな?」 「あぁ、薙くんのことですね。その節はお世話になりました。夏に一緒にキャンプに行った時は、すっかり馴染んで元気一杯でしたよ」 「そうか、良かったよ。子供の笑顔が生まれる場所が一番重要だからな」 「兄さん、変わりましたね。真剣に向き合ってくれて感謝しています」 「ん? そうか。宗吾の役に立てて嬉しかったし、私も芽生や彩芽の笑顔を守りたいから学ぶことも多かった案件だったよ」  食卓では皆、笑顔で美味しそうにパンを食べている。  くまさんのお手製のシチューに浸したり、ハムやチーズを挟んだり、楽しいパンパーティーだ。  豪華な食事でおもてなしもいいが、こうやって自分たちの手でご馳走を作りながら食べるのもいい。 「おばあちゃん、次は何をたべる? ボクがつくってあげるよ」 「まぁ、うれしいことを。じゃあ、美智さんの作ったポテトサラダとハムをのせて頂戴」 「うん!」  笑顔、笑顔、笑顔ばかりだ。  見渡せば、みんな笑ってる。 「そろそろデザートにしましょうか」 「パンケーキだね! ボクからのパンケーキ、みんな食べてね。あのね、入院中は本当にありがとう。ボクね、もう、こんなに元気になったよ。シンパイかけちゃったけど、元気になってもどってきたよ」  芽生からの退院報告に、皆、ほろりとする。  芽生の焼いたパンケーキはカタチはいびつだが、味はとびきりだ。  食後はクマさんが淹れてくれた珈琲を飲んで寛いだ。  ふとラベンダーのよい香りが漂ってきたので横を見ると、瑞樹がお母さんに手をマッサージしてもらっていた。 「瑞樹、どう? これは富良野のラベンダーのオイルなのよ」 「いい香りだね」 「手は痛むの?」 「だいぶいいです。お母さんのおかげで」  よし、素直に甘えられるようになったな。  瑞樹は出会った頃は何もかも一人で背負って、誰かに甘えたり頼るのは罪だと決めつけていた。そんな君だから、放っておけなかった。  あの日も、あの日も、君は一人で膝を抱えて泣いていたのを知っている。だからこそ君が甘えているのを見るとホッとする。  あれは、もう二度と傷つかないように、二度と辛い思いをしないようにという瑞樹なりの防衛策だったのだろう。  嬉し恥ずかしお母さんに素直に心を見せる君は、とても可愛い。 「パパ、もう、よそみばっかりして」 「え?」 「えへへ、お兄ちゃんのことを見ていたんだよね」 「あぁ、そうだ」 「わかるよ。好きな人のことって、ずっと見ていたくなるもんね!」 「ませたこというんだな」 「えへへ、いっくんを見てて、そう思ったの」 ****    いっくんを連れて家に戻ると、すみれが笑顔で出迎えてくれた。 「お帰りなさい! ふたりとも寒かったでしょう」 「あぁ、いっくんが冷え切っているから頼むよ」 「いっくん、こっちにおいで」 「うん、あのね、ママ……これ、パパがかってくれたの」  いっくんがあんこパンマンのチョコを嬉しそうに見せると、すみれも笑顔になった。 「わぁ、よかったね」 「あのね……ママ……おこらない?」 「どうして?」 「よけいなもって」 「いっくん、ごめんね。ママの言い方が悪かったわ。余計なものなんかじゃないわ。宝物よ!」  いっくんがほっとした表情で、笑顔になる。 「たからもの!」 「うん、よかったわね」 「ママぁ、いっくんね、パパがだいしゅきなの」 「うんうん、知ってる」  そう言えば、いっくんはよく俺を見つめてくれる。  視線を感じると、いっくんが羨望の眼差しで見つめていることが多い。 「いっくん、どうした?」 「あのね、パパ……しゅきだから、みてるの」 「可愛いなぁ」 「いっくんも、ジャムつめるの、てつだいたいなぁ」 「おーし、じゃあ、この瓶を持っていてくれ」 「うん。おとさないように、ぎゅってしてるね!」    これはとっておきの愛情便だ。  俺たち家族の愛をギュッと込めて贈るよ。  芽生坊、退院おめでとう!  

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