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幸せが集う場所 29
風呂から上がると、脱衣籠の上に、綺麗に畳まれた作務衣が置かれていた。
「へぇ、まるで旅館みたいだな。ちゃんとタグに大・中・小って印がついているぞ」
「流石月影寺ですね」
目が合ったのでいつものようにニカッと微笑むと、瑞樹は頬を染めた。
「宗吾さんは、腰にタオルまかないんですか。その……目のやり場に困ります……」
「あー? 隠すほどのものではナイナイ!」
「……」
瑞樹が耳朶まで赤く染めて、また俯いてしまった。
君って、本当に恥ずかしがり屋だよな。
しっとりした色白の肌に水滴を纏い、可憐な色気を振り撒いている。
腰にしっかりタオルを巻いているのが残念だが、今はこれでいい。
自制心にしっかりブレーキだ。
「いっくん、ちょっと待て! じっとしていて」
「パパぁ、パパぁ、いっくんもパパのおからだふきたい」
「え? オレはいいよ。いっくんがさきだ」
「いっくんもパパのおてつだいしたいよぅ、パパだいしゅきだからぁ」
ははっ、こっちは安定の溺愛トークだな。
腰に手をあてて豪快にハハハッと笑っていると、芽生の声がした。
「パパはやっぱり『中』かな?」
「ん? なんのサイズ? オレはなんでもビッグサイズだから『大』に決まってる!」
「ふぅん、じゃあジュンくんが『中』サイズ?」
ちらっと潤の股間を見て、勝ったなとほくそ笑むと、瑞樹に作務衣を押しつけられた。
「宗吾さん‼‼ どこ見てるんですか」
「え?」
「弟の裸をニヤニヤ見るなんて……ヘン……」
「わぁー ちがう! 誤解だ!」
慌てて口を押さえると、瑞樹がふふっと笑った。
お? 珍しい笑い方だ。
「今、笑ったよな?」
「ハイ、笑いました」
「どうして?」
「だってサイズに面白いほど反応しているので……作務衣のサイズなのに」
「だよなぁ」
「えぇ、だよなぁです」(おどけた口調もいいぞ!)
「かわいい!」
いっくんと潤が作務衣を着せあいっこしていた。
芽生もその横で、頑張って一人で着替えた。
今がチャンスだ!
一瞬の隙をついて瑞樹の唇を掠めるようにもらうと、ポンっと花火があがるように赤くなってしまった。
「も、もう~ 油断大敵ですよ!」
作務衣を着た瑞樹は胸元が開いていて色っぽい。
いつもシャツのボタンをきっちり留める方なので、こういう姿はそそられる。
あーいかん、いかん。
制御不能にならないといいが。
****
兄さんと宗吾さんって『互いの愛』を隠さないんだな。
二人がOPENにイチャつく様子が微笑ましかった。
兄さん、今、本物の恋をしているんだな。
恋をしている兄さんを見たのは、宗吾さんと付き合い出してからだ。
小さい頃から「ごめんね、すみません、許して」と謝ってばかりだった兄さんが、今はこんなにも幸せそうに、甘く甘く微笑んでいる。
兄さんの幸せを守ってやりたい。
オレが弟として出来る限りのことをしてやりたい。
兄さんは大切な兄さんだから。
そうだ!
ずっと夏のキャンプのお礼をしたかった。
今こそ、その時では?
いっくんとキャッキャとはしゃぐ芽生坊の元に急いで駆け寄った。
「芽生坊、今日はよかったらいっくんと一緒に、オレの部屋で寝ないか」
「えっ! いいの?」
「キャンプの時、いっくんが泊まらせてもらったからお礼をしたいんだ」
「わぁ~ お兄ちゃん、パパ、いいかな? いっくんと一緒にねても」
「みーくん、そーくん、いいでしゅか。めーくんとねんねちても」
いっくんも目を輝かせて、ワクワクしてる。
「おねがいしましゅ」
両手をぴたりと合せて頬にくっつけて小首を傾げるいっくんは、唸るほど可愛かった。
ヤバイ、かわいい。
しんどいくらい、かわいい。
兄さんもこのいっくんの仕草にメロメロだ。
「宗吾さん、いいですよね?」
「あぁ、芽生、行ってこい。せっかくいっくんと会えたんだ。ずっと一緒にいたいんだろう」
「わぁ~ ありがとう! いっくん、今日はずっといっしょだよ」
「わぁい! わぁい!」
二人が手を取り合って、うさぎみたいに跳ねる。
子供の純粋なうれしさのパワーは、大人も押し上げる。
「俄然やる気になるな」
宗吾さんの鼻息が荒くなったような気がしたのは、気のせい……気のせい、気のせいだよな?
****
お風呂の後、潤がいっくんと芽生くんと遊んでくれると申し出てくれたので、僕と宗吾さんは和室で寛ぐことにした。
「瑞樹、いいお湯だったな」
「そうですね、温泉ではないのに肌がすべすべになりましたよ」
「どれ?」
宗吾さんに首筋を撫でられ、ドキッとした。
「本当だ、触り心地がますます良くなった」
「あ、はい」
どうしよう……煩悩の芽が出て来てしまう! 宗吾さんの手に過敏に官能してしまう! どうしたら?
「瑞樹? どうした? 百面相してるぞ」
「う……意地悪です」
「え? 俺、なんかしたか」
「……何もしてないですが、してます」
「んんん? 歩く煩悩と言われたことはあるが、そういう意味か」
「も、もう――」
そんな怪しいやりとりをしていると、袈裟に着替えた翠さんがやってきた。
このままではこんな時間から、月影寺で煩悩塗れになってしまうよ。藁にも縋る思いで、翠さんの袈裟の袂を引っ張った。
「翠さん、よかったら今すぐ写経をしたいのですが」
「今から? いいね、では、ここでしよう!」
「瑞樹ぃ、今はその時か」
「はい、その時です」
心も体も健康になれば、性欲も芽生える。
人間だからあたり前のことだが、僕はいつまで経っても慣れなくて、その都度真っ赤になっている。
こんな僕でいいのですか。僕はそんな宗吾さんが大好きですが……
言葉には出さずに伝えると、宗吾さんにはちゃんと伝わったようで。
写経用紙に大きな丸を描いた。
OKってことかな?
すると翠さんが――
「宗吾さんは、早速『円窓』を描かれたのですね。今、幸せで満ちているのですね」
「はい、家族揃って月影寺に来られました。みんなで風呂に入れました。作務衣を着て、それぞれが寛いでいます、それが幸せです」
宗吾さんがしっかり答えると、翠さんも深く頷く。
「宗吾さんと瑞樹くんと芽生くんが作った円は、これからも角張らないよう、お互いの違いを認め合い、思いやりをもって寄り添って分かり合って維持してくださいね」
翠さんらしい分かりやすく優しい説法に、僕と宗吾さんは一礼した。
月影寺は縁(円)あるお寺だ。
僕たちとの縁も、どんどん深まっていく。
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