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白薔薇の祝福 10

「よし、設置完了だ。瑞樹はここに座って、ここがよく見える」 「あ……はい」  滝沢家のリビングの真ん中に座らされた。  目の前には、大きなスクリーンが降りてきていた。  それでも、僕はまだ宗吾さんがすることが掴めないでいた。 「あの、天井に穴を開けて怒られないですか」 「おいおい、君の心配はそこか」 「す、すみません」 「ははっ君らしいよ。さぁ広樹たちを呼ぼう。このカメラから俺たちの姿も向こうに届くんだ。瑞樹の視点はここな」 「はい!」  広告代理店マンという職業柄、宗吾さんは最新の情報ツールに精通している。  テキパキとカメラのリモコンを操作すると、白い画面がパッと切り替わった。 「あっ!」  映し出されたのは、よく見慣れた函館の花屋の店内だった。    僕たちが協力してリフォームした壁が映っていた。  広樹兄さんの姿は、まだ見えない。 「おーい、広樹、どこだ?」 「宗吾、ちょっと待ってくれ。せっかくなら花を背景にしたくてな。みっちゃん、優美、こっちだ」  画面がガタガタ揺れる。  スクリーンが大きいので、まるで窓の向こうに兄さんたちがいるみたいな錯覚を覚えていた。 「よーし、せーの、瑞樹、30歳の誕生日おめでとう!」  画面いっぱいに現れたのは、広樹兄さんとみっちゃんと優美ちゃんだった。 「ヒロくん、視線はこっちよ」 「お、こっちか」 「ゆみちゃんもこっちみて」 「みーぃー」 「あ、今、瑞樹っていったな」 「言ったわ!」  3人の元気そうな声も聞こえてくる。 「広樹兄さん、みっちゃん、お久しぶりです。優美ちゃん大きくなったね」 「おぅ! ちゃんと見えてるか。こっちにも見えてるぞ。瑞樹の可愛い顔が。おーい、元気か」  広樹兄さんがブンブン手を振っている。  その大らかな笑顔を見ると、僕は無性に泣きたくなった。    広樹兄さんは絶望の淵にいた10歳の僕を根気よく抱きしめて、生きろと言ってくれた人だから。  20年前、僕は家族を一度に失って、この世に執着を失っていた。  僕自身がまだ小さな子供で、どうしていいのか分からなくてパニックになっていた。  でも、広樹兄さんはいつも僕を抱きしめて、こう言ってくれた。 『瑞樹が来てくれて嬉しい、瑞樹がいないと寂しい。だから、どこにもいくなよ』  いつも大きな心で包んでくれた人。  僕の寂しさを最初に埋めてくれた人なんだ。 「兄さん……僕……無事に30歳になりました。僕も兄さんと同じ30代突入しました」  天国のお父さんの生きた年齢に着実に近づいている。  僕だけ年を取るのは昔は辛かった。  でも今は……違う。  1年1年、1日1日の積み重ねが愛おしいと感じている。 「30歳になったか。良かったな。本当に良かった」  兄さんと僕は、暫く無言で見つめ合った。 「あれから……20年だな」 「うん、僕は今とても幸せだよ。こんな風に皆にお祝いまでしてもらえて……とても幸せだよ」 「あぁ、あぁ……お前は頑張った。偉かった。今日は思う存分皆と賑やかに楽しく過ごすんだぞ」 「うん……うん、お兄ちゃん」 「瑞樹ぃ、その呼び方よせ。泣いちまう」 「だって……」  皆が見ている中、僕は広樹兄さんに思わず甘えてしまった。  だって……すぐそこに兄さんがいるみたいで、甘えたくなってしまったんだ。 「よし、瑞樹にプレゼントを今から渡すぞ。受け取ってくれ」 「え?」  画面いっぱいにナチュラルな色合いのスワッグが映る。 「でも、これはテレビ電話だから無理だよ」 「そんなことないさ。ほら」  まるで画面が繋がっているかのように、広樹兄さんがポンっと僕にスワッグを手渡した。  届くはずのない感触が手元に感じてびっくりした。 「広樹サンキュ! 無事にキャッチしたよ!」  ポンッと宗吾さんが僕に手渡したのは、まさに画面の向こうで兄さんが持っていたスワッグだった。 「ええ?」  芽生くんのワクワクした顔がスワッグ越しに見えて、これは現実なんだと理解できた。 「わぁ、お兄ちゃん、今のまほうだね! すごーい!」 「びっくりした」 「おーい、ちゃんと届いたかー?] 「うん、ちゃんと届いたよ。ほら!」 「あのさ、それは瑞樹の幸せを願って4つ作ったんだ。瑞樹と宗吾、芽生坊、そして滝沢家にプレゼントするよ」 「だから4つなんだね」 「あぁ、しあわせの『4』だ」 「ありがとう、ありがとう、兄さん」 「月並みだが、これからも皆、仲良く元気で過ごしてくれ」 「うん、うん」 「瑞樹、しあわせになれ、もっともっと、まだまだしあわせになれ!」  広樹兄さんからの力強い幸せなエールも一緒に届いた。  もう……もう……涙腺が崩壊寸前だった。 「瑞樹、壁に飾ってみないか」 「あ、はい!ぜひ」  僕が受け取ったスワッグを、憲吾さんがすぐに飾ってくれた。    それを見た広樹兄さんが照れ臭そうに笑う。 「おー、パーティーの飾りにしてくれるのか。どうだ? 俺のスワッグは」 「兄さんらしいよ。北の大地の息吹を感じるよ。最高だよ!」 「そうか、そうか。よし、瑞樹、次は潤にバトンタッチするよ」 「あ、うん」  夢見心地だ。    僕、ずっと――  白薔薇のお屋敷を出てから。 「瑞樹、これは夢じゃないさ! 皆、君の誕生日をお祝いしたくて集まったんだ」 「僕のために……ですか」 「あぁ、瑞樹だからだよ。瑞樹が撒いた幸せの種のおかげだ」 「宗吾さん……」 「さぁ、前を向いて」  僕は背筋を正して、スクリーンの向こうを真っ直ぐ見つめた。  次は潤に会えるんだ。  そう思うと、ワクワクして来た。  宗吾さんはワクワクを生み出す天才だ。

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