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白薔薇の祝福 11

 もうすぐ時間か。  花屋の店仕舞いをすると、いよいよ待ちきれなくなり、部屋中をうろうろ歩き回ってしまった。  先日、宗吾から突然送られてきたのは小型のビデオカメラだった。中には『瑞樹の30歳の誕生日を祝う実行委員会』と印刷されたお手製のパンフレットが入っていた。函館と大沼と軽井沢を繋いで、テレビ電話で瑞樹の誕生を祝う盛大な企画らしい。  俺は『瑞樹』という文字を見ただけで俄然乗り気になる! ヤル気になる!    都会の企画屋らしい発想で、アイデアがスマートで感心した。  それにしても瑞樹が30歳になるなんて、まだ信じられないな。元々可憐な顔立ちのせいか歳よりずっと若く見えた。しかも宗吾さんと芽生坊と暮らすようになってから多幸感が増し、綺麗に磨きがかかっていた。  だから今の瑞樹は、まだ20代前半のようにキラキラと輝いている。  それにしても高そうなカメラだから,俺たちも鮮明に写りそうだ。  ふと鏡に映った自分の無精髭が気になって、もう一度綺麗に剃ると、みっちゃんに笑われた。 「あら? すっきりね。うふふ、そうよね、今日は特別だもんね」 「みっちゃんには何でもお見通しだな」 「あなたの奥さんだからよ」  壁に飾ったスワッグを見つめ、ニヤついてしまう。  北海道の大地をイメージしてみたんだ。  瑞樹らしい優しい色を集めてみた。  これを函館サイドで見せた後、東京でリアルに受け取ってもらう。  画面を通り抜ける魔法を起こすなんて、やっぱり宗吾はロマンチックな男だ。   「時間だ。ええっと電源はここか」  すぐにモニター画面に、鮮明に瑞樹の顔が写った。  あどけない表情を浮かべ、皆に囲まれて幸せそうだった。  みんな瑞樹が好きだから集まってくれた。  あんなに寂しかった弟が、皆に囲まれて微笑んでいるのを見た途端、また涙が滲んできた。  もう瑞樹は大丈夫だ。     だけど、もっと幸せになって欲しい!  だから瑞樹に思いっきりエールを送った。  もう俺が抱きしめなくても大丈夫。  もう俺が支えてなくても大丈夫。  瑞樹には宗吾がついている。  だけど俺は、瑞樹が10歳の時から成長をずっと見守ってきたんだ。  どん底の瑞樹を必死に守ってきたんだ。    だから、やっぱりエールを送らせてくれ。  瑞樹の生涯を見守らせてくれ。 「お兄ちゃん、ありがとう」  瑞樹特有の面映ゆい表情とお兄ちゃんという呼びかけに、甘酸っぱい気持ちが込み上げてきて、泣くのを必死に耐えた。    だがビデオ電話を終えた途端、やっぱり男泣きしてしまった。 「うううっ……」 「ヒロくん、よかったね。本当によかったね」 「みっちゃん、瑞樹の成人式の時はまだまだ心配だった。東京に行ったきり、ろくに帰らず何をしているか、誰に涙を拭いてもらっているのか、どうして帰ってこないのか。何も見えてこなくなり……不安で不安で……だが、今日は晴れ晴れしているよ。やっと心からのエールを送れた」 **** 「パパぁ、いっくん、どう?」 「おぉー いっくん可愛いな!」 「えへへ、これね、めーくんのおようふくだよ」  いっくんは芽生坊のシャツとズボンを着ていた。  仕立ての良い黒いパンツに白いシャツ。  シンプルな出で立ちだが、いっくんの白い肌と明るい髪色によく似合っていた。モノトーンでも、いっくんが着ると柔らかな雰囲気になる。  これは芽生坊が幼稚園の面接で着た服だそうだが、我が家は保育園なので着る機会がなかった。  だからいい機会だ。 「おとぎの国の小公子みたいだぞ」 「しょーこーし?」 「王子様みたいだ」  昔観たアニメに出てきた育ちのよい坊やみたいだった。でもいっくんは首をかしげている。 「おうじさまはパパで、いっくんはパパのこだよ?」 「おぅ、そうだったな」(南国の王子さまという恐れ多い称号をもらったんだ) 「みーくん、まだかな~ まだかな? めーくんにもあえるかな」  いっくんはモニターの前にちょこんと座って、ワクワクしていた。  宗吾さんやるな! こんな洗練された企画、宗吾さんじゃなきゃ思いつかないぜ!  テレビ電話を通じてリアルタイムに顔を見て祝福できるなんて最高だ。  登場時間まであと10分だと宗吾さんから連絡が来たので、俺は慣れないネクタイを締め直した。 「パパぁ、かっこいいねぇ」 「誕生日だから正装をしたんだよ」 「ふふ、私もマタニティなりに正装したわ」 「綺麗なワンピースだな、すみれ」  すみれはふんわりしたスミレ色のワンピースを着て、まあるいお腹をさすっていた。 「銀座のテーラーからのお届けものよ。先輩は私を妹みたいに可愛がってくれるの」 「すみれも恵まれているな」 「うん、周囲の助けに感謝している」  俺たちはまだ稼ぎも少なく出産費用を用意するのに精一杯で、兄さんに気の利いたプレゼントを用意できなかった。  でも心はしっかり込めた。  いっくんの絵と一緒に送った物……喜んでもらえといいな。 「潤くん、時間だって」 「おぅ!」  画面を切り替えると、兄さんと芽生坊が映った。 「あー! めーくんだぁ」 「いっくんー みえる?」  いっくんと芽生坊が手を振り合う。 「みえるよー めーくん」 「いっくん、元気だった?」 「うん! あのねあのね、みーくん、おたんじょうびおめでとー!」 「わぁ、お兄ちゃん、いっくんからおめでとうだって」  おおぉ、いっくんはしっかりしてるな。  俺は親バカ丸出しになり、デレデレだ。 「いっくん、お祝いしてくれてありがとう。そのお洋服似合っているね」 「ありがと! あのね、あのね、パパをみて」  いっくんが俺の手を引っ張って、画面によく映るようにしてくれる。    いっくんって、こういうところしっかりしているよな。 「あー コホン兄さん、30歳の誕生日おめでとう!」 「潤……正装してくれたの?」 「へ、変か」 「ううん、カッコいいよ。じゅーん、すごくカッコいい!」  兄さんからの手放しの賛辞にデレがマックスに。 「兄さんってさぁ、褒め上手だよな」 「本心だよ。あぁ、潤……そんなにスーツが似合うようになって、僕も歳を取るはずだね」 「んなことない! 兄さんは永遠のアイドルだ!」 「え?」 「あっ、ええっと、こっちの話」    隣で俺たちの会話を聞いていたすみれがお腹を抱えて笑った。 「もう~ 潤くんってば最高よ」 「あ、えっと、すみれはマドンナだからな」 「ちょ、それは、て、照れるわ」 「ママ、きれー、ママ、かわいー」 「も、もう二人とも持ち上げすぎ。って、ごめんなさい。瑞樹くんの誕生日なのに」  画面の向こうの兄さんは、うっとりした表情で幸せそうに微笑んでくれていた。 「最高のプレゼントだよ。潤の家族の幸せを見せてもらえて」 「あ、あのさ、ささやかだけど俺たちからもプレゼントがあるんだ」 「え? そうなの? 何だろう?」 「……後ろを振り向いて」  瑞樹の後ろで、憲吾さんが甲斐甲斐しくバースデーボードを設置してくれていた。 「後ろ?」 「あのさ、それ3人で手作りしたんだ」  ローズガーデンでいらない木材を分けてもらいバースデーボードを作った。  それにいっくんが折り紙で花の飾りを、すみれがフェルトで黄色い小鳥のマスコットを作ってくれた。 「わぁ……」 「特大のバースデーカードのつもりなんだ。これしかなくて、ごめんな」 「そんなことない。最高のプレゼントだよ。潤たちの幸せな様子と手づくりボード。こんなの作ってもらえるなんて感激したよ」 「気に入ってくれた?」 「もちろんだよ。あ、黄色い小鳥がクローバーを持っているんだね」 「幸せの印さ」 **** パーティーの様子をアトリエブログにあげています。 一緒にご覧いただけると嬉しいです。 https://fujossy.jp/notes/33853      

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