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Brand New Day 16

「じゃあみんな眠るぞ!」 「はーい、おじーちゃん、おやしゅみなさい」 「くまのおじいちゃん、おやすみなさい」  お父さんの一言で、みんな眠りについた。  だが部屋の灯りは消えたのに、オレの心はざわめいたままだった。  すみれのお腹の中にいた赤ん坊にようやく会えた喜びと興奮が冷めないせいか。それとも未だに……怯えているのか。  オレが二児の父になれるなんて、数年前まで思いもしなかった。  いい加減になんとなく生きて、限られた寿命を全うすればいい。  厄介者のオレなんか、その程度でいい。  そんなふざけたことを思っていた。  オレが自分の人生に集中できなかったのは、オレの弱い心が原因だ。  母さんがオレを身籠もってすぐ、父さんがタチの悪い癌に冒されていることが分かり、闘病の末、オレが生まれた数日後に亡くなったそうだ。  だからオレは父を知らない。  父の記憶なんて、欠片もない。  生後間もない赤ん坊の記憶なんて普通ないからな。  母さんからオレの誕生時の話を初めて聞いた時、ブルッと身震いがして怖くなった。それからも父さんがどんなにオレの行く末を心配し、無念で心残りだったか、何度か聞かされた。  母はただ父の思いを純粋に伝えたかっただけなのに、オレの捉え方は違った。  ひねくれていた。  それってさ……まるでオレの命と引き換えだったみたいじゃないか。  オレなんていなければ、もっと安らかに逝けたんじゃないか。  オレなんていなければ、母さんも兄さんも苦労しなかったんじゃないか。  ずっとそのことをコンプレックスのように抱いて成長した。  だから意地悪で我が儘な悪ガキだった自覚は、大いにある。  父を知らずに育った分、母も兄もオレに甘くてオレの天下だった。だから瑞樹兄さんを横入りしたよそ者だと決めつけ、酷い扱いをしてしまった。    人間として屑だったオレが、本当に父になって良かったのだろうか。  いっくんも槙も、真っ直ぐに育てられるだろうか。  暗闇で皆が眠りに落ちた後、自問自答した。  何度寝返りを打っても眠れずに、悶々としてしまった。 「……潤、眠れないのか」  暗闇から声がする。  それは優しく慈愛に満ちた声だった。 「お……父さん、どうして?」 「いや、俺も眠れなくてな。二人で少し話せるか」 「あ、はい」 「……じゃあ散歩に行くか」 「いいですね」  パジャマはスウェットの上下なので、さっとコートを羽織ると、お父さんもあっという間に支度が出来ていた。アウトドアに慣れた人なのだろう。とても逞しい人だ。 「息子と真夜中のデートもいいもんだな」 「あ、はい」 「堅苦しいな。俺たちはもう親子だろう?」 「でも……お父さんは瑞樹兄さんのお父さんで、オレはおまけのようなものですから」  つい心の中に浮遊していた捻くれた言葉を吐き出してしまった。  自分を卑下してどうする?  だが、どうしても自信がない。 「……潤がそう思うのも無理はない。だがオレは君たち兄弟、広樹と潤に出逢えて良かった。心から君たちが失ってしまった父親の代わりになりたいと願っている」 「それは、どうしてですが。オレたちは、もういい歳をした息子ですよ。だから母さんとだけ上手くやっていけば問題ないのに。オレは最低最悪な人間だから……オレのせいで皆、不幸になるのに」  吐き捨てるように言うと、お父さんが肩を抱いてくれた。  ぽつりぽつりと灯る外灯に、二人の影がひとつに伸びた。 「馬鹿だなぁ、潤。お前のそういう所、放っておけないよ。そして広樹の一人で背負い過ぎな所も放っておけない。そうだ、潤に話したいことがある」 「オレに?」 「あぁ、もしかして潤は自分が生まれたせいで、お父さんが亡くなったと考えたことがあるんじゃないか」 「あ……どうしてそれを? オレなんていなければと、ずっと、やさぐれていました」  それはオレが昔から何度も何度も自問自答してきたことだ。 「オレもだよ。オレのせいでみーくんの両親と弟が亡くなってしまったと考えて、17年間も投げやりになって、自分の殻に閉じこもっていたんだ」 「お父さんにもそんなことが? あの事故をそんな風に思うなんて、そんなことないのに」 「恥ずかしい話だが、その通りだ。なぁ潤、完璧な人なんていないんだよ。皆、何かに悩んで、思い煩い苦しんで……それでも逃げずに生きている」  お父さんに肩を抱かれて歩く夜道は、暗いのに仄かに明るかった。 「潤も広樹も俺の息子だ。俺も失敗だらけの人生だ。だから……潤、俺と一緒に頑張ってくれないか」 「お父さんと一緒なら頑張れそうです。俺……父親のいる家庭を知らないので、いっくんと槙のお父さんにちゃんとなれるか不安でした。生まればかりの赤ん坊を見ていたら、今日は特に不安になってしまって」 「そうだよな。だからこそ……これからは俺と親子関係をしっかり築いていこう。いっくんと槙くんのおじいちゃんにもさせてくれないか」 「もちろんです」 「よし! 嬉しいよ」  ポッポッとオレンジ色のあたたかい灯が、心の中で点滅している。  あぁ、そうか、これが幸せ信号なのか。  幸せになっていいんだな。  オレも…… 「さぁ、戻ろう。もう眠れそうか」 「はい、今度はぐっすり」 ****  僕は微かなドアの音に、目覚めた。  まだ辺りは暗いから真夜中のようだ。  そっと辺りの様子を伺うと、潤とお父さんの姿がなかった。  きっとお父さんが寝付けない潤を外にれ出してくれたのだろう。  そのことに、心が温かくなった。  生まれてすぐお父さんが亡くなった潤には、僕のように父親との温かな記憶がない。  だから、二児の父になったことに不安を感じているのではと心配だった。  ただ、そのことに関しては僕がしてあげられることは思いつかなかった。  だからこそ、くまさんが駆けつけてくれて嬉しかった。  くまさんが潤のお父さんになってくれて嬉しい。  みんなのお父さんなんだ、くまさんは。  広樹兄さんも潤も、僕にとって大切な幸せな存在だ。  二人を慈しんでくれるくまのお父さんが大好きだ。  ますます、どんどん好きになる。 「むにゃむにゃ……」  いっくんの寝言が聞こえた。  小さな手を彷徨わせて、誰かを探している。 「ママぁ……どこぉ? ママぁ……おてて……つないでぇ」  その一言に、ドキッとした。  どうしよう、ママがいないことに気付いて泣いてしまうかも。  こんな時、潤がいれば……    呼びに行った方がいいのかと思案していると、隣で眠っていた芽生くん眠そうな声で……でもきちんと答えてくれた。 「いっくん、おきちゃったの? あのね……ここには……今、ママはいないけど、ボクたちがいるよ」 「あ……めーくんだぁ」 「うん、ボクはここに、ちゃんといるよ」 「えへへ、よかったぁ……じゃあだいじゅぶだよ。おやちゅみ」  二人の優しい会話に泣きそうだ。  小さな子供が労りあっている。  芽生くんの優しさに泣きそうだ。 「芽生くんには、僕たちがいるよ」  そっと教えてあげると芽生くんが手を広げて、僕を呼んでくれた。 「お兄ちゃん、どこぉ?」 「芽生くんには僕がいるよ」 「よかったぁ」  優しい夜だった。  優しさが降り注ぐ夜だった。 お知らせ **** 今日からfujossyさんへの同時転載も再開しました。 夏休みをありがとうございます。2023/08/09    

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