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Brand New Day 17
いい匂いがする。
懐かしい匂いがする。
淹れ立ての珈琲と焼きたてのパンの香ばしい香り。
遠い昔、階段を下りると、いつもこんなに匂いに包まれた。
リビングへ続く扉をそっと開けると、お父さんと母さんが笑顔で僕を迎えてくれた。
……
「瑞樹、おはよう!今日も良い天気だぞ」
「みーくん、おはよう。よく眠れた?」
「お父さん、お母さん、おはよう。うん、とってもよく眠れたよ」
……
懐かしいな。
いつも楽しい夢を見て目覚めた。
今日はどんな1日になるかなとワクワクした。
毎日、毎日、明るい朝がやってきた。
それが10歳までの僕の記憶だ。
だんだんと目覚めていく。
今日の思い出はとても色鮮やかだ。
しかもリアルな美味しい匂いに包まれている。
いつもならこのまま夢の世界にいたいと願ってしまうが、今日は違う。
早く起きたい。
皆に会いたい。
僕の幸せな存在に。
そう思うと、胸の奥がドキドキ、ワクワクしてきた。
幼い頃のように。
「瑞樹、まだ起きないのか」
「ん……」
「お、やっと起きたな。おはよう」
広樹兄さんの声に甘えた返事をしてしまう。
「お兄ちゃん、おはよう」
「兄さん、おはよう」
潤の声もする。寝坊助だった潤がもう起きているのか。
思い切ってパッと目を開けると、二人の笑顔が飛び込んできた。
「わ! びっくりした。もう起きていたの?」
「みんな起きているさ! 子供たちもな」
「え? 僕だけ寝坊しちゃったの?」
耳を澄ますと、いっくんと芽生くんの無邪気な笑い声が聞こえてきた。
「めーくん、あのねあのね、いっくん、パジャマひとりでぬげるの。みててぇ」
「わぁ、いっくんってば、すごい!」
「えへへ、だって、もうおにいちゃんだもん。めーくんみたいにかっこいいおにいちゃんになりたいなぁ。なれるかなぁ」
「いっくんならきっとなれるよ!」
「よーち、いっくん、がんばしましゅ!」
いっくん、今日は朝から元気だね。そして芽生くんは朝から優しさ一杯だ。
「随分気持ち良さそうに眠っていたぞ。瑞樹の寝顔が可愛くてたまらんかった」
「兄さんってば。あのね、とてもいい夢を見ていたんだ。でも起きても幸せで嬉しいよ」
そう伝えると、広樹兄さんは目を潤ませた。
「そうか、そうか、よしよし」
広樹兄さんから見たら、僕はまだまだ小さい子供に見えるのかな?
もういい年だから頭を撫でられるのは、くすぐったいけど、兄さんが嬉しそうなので、僕もやっぱり嬉しい。
「みーくん、おはよう!」
くまのお父さんの声も聞こえた。
「お父さんも起きていたの? じゃあ僕が最後? 早く起きないと」
急に恥ずかしくなり起きたつもりだったが、起き上がることが出来なかった。
「あれ? なんで?」
なんと隣で宗吾さんが大の字でグーグーと眠っていた。
「くくっ、もう一人いるよ。寝坊助が」
宗吾さんが伸ばした手足は、思いっきり僕の上に乗っていた。
「宗吾はくつろぎ過ぎじゃねーか」
「大の字って久しぶりに見たよ」
「俺たちの大事な瑞樹に乗っかるとは」
「これは……兄さんからお仕置き?」
「はははっ、そうだな~」
広樹兄さんと潤が好き勝手言って、頷き合っている。
「そ、宗吾さーん‼ 早く起きて下さいよ~」
「ふが? おー 瑞樹、今日も可愛いなぁ」
「ちょっ!」
「え? もうそんな時間かー あー よく眠った。瑞樹もよく眠れたか」
宗吾さんは相変わらず臆することなく堂々としている。
よく眠れたか。
そう聞かれて、僕は自信を持って答えることが出来た。
「はい、ぐっすり眠れました」
「そうか、俺もだ。腹減ったな-」
「くすっ、もう皆起きていますよ」
「おっと、俺が最後か」
「そのようです」
「俺もぐっすり眠っていたのさ。皆さん、おはようございます! みんな勢揃いで笑顔の朝か……こういう日を英語で、なんて言うんだったっけ?」
宗吾さんが寝癖だらけの髪を手櫛で解しながら、溌剌とした笑顔を見せてくれた。
「そうだ! 『|Brand New Day 《ブラン・ニュー・デイ》』だ!」
「希望に満ちた新しい始まりですね」
「そうだ。いっくんがお兄ちゃんになり、潤は二児の父になり、お父さんはおじいちゃんになり……芽生は弟が増え、俺と瑞樹には甥っ子が増えた。みんな一歩ずつ前に進んだ日さ!」
宗吾さんの笑顔に、皆が頷きあった。
ここに集う僕たちは、少しずつ大切な存在を失っている。
でも、今はとても満ちている。
それは補い合える関係だから。
助け合い、寄り添うってそういうことなのかも。
補強された人生の道は揺るぎない。
だから僕ももう恐れずに、一歩踏み出せる。
「僕も夢と希望を持って、前進していきたいな」
ふと漏らした言葉に、広樹兄さんが感涙の涙を浮かべた。
「ううっ、瑞樹からそんな言葉を聞けるなんて。俺、今日、ここにいられて良かったよ」
「兄さん……これからが皆がそれぞれの人生を輝かせていけたらいいね」
「あぁ、俺もそう思う」
Brand New Day!
この言葉が、僕らの合言葉になるだろう。
2日間、潤は菫さんの面会にせっせと通い、僕たちはお父さんといっくんと一緒に、のびのびと軽井沢の春を楽しんだ。
やがてお母さんが来てくれたので、バトンタッチ。
束の間の休日は、とても充実したものとなった。
この先も季節は巡っていく。
僕たちに新しい風を吹き込みながら。
『Brand New Day』 了
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