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秋色日和 17 

 風呂から上がると、瑞樹がソファにもたれたまま転た寝をしていた。  君も今日は疲れたよな。    唐揚げ用の鶏肉がどこも売り切れだったなんて、さぞかし焦っただろう。  想定外な出来事に、君がまだまだ弱いのを知っている。 「今日は気苦労が絶えなかったよな」  隣に座って、俯いていた顎をそっと持ち上げた。  滑らかな頬は今日は濡れていなかった。  その事に安堵した。  もう二度と、君をひとりで泣かしたくないんだ。  今日は兄さんが助けてくれて本当に良かった。  兄さんと俺は、今は家族を支え合う関係になれたのだな。  誰も頼らず寄せ付けず一人で道を突き進む人もいるだろうが、俺はこの道が好きだ。倒れそうな時や困っている時、そっと手を差し伸べてくれる人がいる方がずっと生きやすい。  今の俺には瑞樹と芽生という大切な存在がいる。だから俺ひとりではままならないことは、周囲の協力を仰ぎたい。愛する人の笑顔を絶やしたくないから。 「瑞樹、起きられるか。ちゃんとベッドで寝よう」  声をかけると瑞樹は瞬きを何度か繰り返した後とろんとした瞳で俺を見上げた。  目の焦点が合うと少し驚いた表情を浮かべた。 「あっ、すみません。僕、眠ってしまって……」 「大丈夫だよ。なぁ、今日は俺のベッドに連れていっていいか。その、手出しはしないからさ」 「くすっ、はい、僕も宗吾さんの傍で眠りたいです」 「じゃあ、行こう」  手を引いてやると瑞樹は幼い子供のように大人しくついてきた。  ベッドに寝かすと寝返りを打って、俺にすり寄り添ってくれた。  花の香り、優しい息づかい、甘い笑顔。    瑞樹のぬくもりに、ほっと一息つく。 「宗吾さん、今日はとても疲れていましたね」 「そうだな。仕事が結構大変でヘトヘトだった」  疲れていたことを素直に認めよう。君との間に隠し事はしたくないから。 「疲れた時は休むのが一番ですよ」 「そうだな」 「休めばきっと元気も回復しますよ」 「その通りだ」 「明日は元気になりますように」  瑞樹が俺をふわりと抱きしめてくれた。 「あぁ、一緒に運動会を楽しみたいな」 「明日は心をオフにしましょう!」  恋人の優しい励ましが、しみじみと嬉しかった。  瑞樹の言う通り、疲れた時はとにかく休むに限る。短い時間でもいいから、身体を横にして休ませれば、元気になるものさ。  俺は愛しい人の温もりを感じながら眠りについた。  心からの休息を取って、また頑張るよ。  俺たちの人生はまだまだ長い。  愛しい人の存在を糧に、心を休ませながら生きていこう。 **** 「パパぁ、パパぁ、おーきーて!」  ゆさゆさと揺さぶられ、目が覚めた。  いっくんの可愛い手の動きが、くすぐったい。    それにしても、小さな子供が一生懸命になる姿って可愛いな。あまりに可愛いもんだから、もう少し聞いていたくなった。だから目を瞑って寝たふりをしていると、「もー じゃあ、いっくんすぺしゃるだよぉ」と、頬にちゅっとキスしてくれた! 「おぉ〜!」  天使からの祝福を受けた心地で、飛び起きた。 「えへへ、パパぁ、おはよー いっくん、ちゃーんと、はやおきできたよ」 「偉かったな、よーしパパも起きるよ」 「わぁい! わぁ〜 おへやがキラキラしてるよぅ」 「そうか?」  昨日と何も変わらない古いアパートの一室だが、いっくんには『運動会の朝』として隅々まで輝いて見えるのだろう。  今日という日は今日しかない。だから大切に過ごしたい。 「いっくん、今日は最高の1日にしよう!」 「あい!」  台所からコトコトと音がしたので覗くと、すみれがエプロンをつけて弁当の準備をしていた。  その光景が眩しくて、思わず目を細めてしまった。  そうか、いっくんの話してくれたキラキラな世界って、このことなんだな。  オレにも見えたよ!  思い返せば、去年の運動会は大変だった。すみれはまだ妊娠初期で明け方急な腹痛を訴え病院に駆け込むことになり、オレは動揺で真っ青だった。  いっくんが不安そうな顔で「運動会は行かなくていい」と言うのも泣けた。  でも兄さんや父さんと母さんが駆けつけてくれて、なんとか参加出来た。  もうあれから1年だなんて、月日が経つのは早いな。 「あ、潤くん、いっくん、おはよう」 「すみれはもう起きていたのか」 「うん、今日はいっくんの運動会だからお弁当を作ってあげたくて。去年は出来なかったから」  すみれだって……去年は前日から運動会の準備を張り切っていたから、息子の運動会を直接見たかっただろうに。 「よーし! 今年は家族揃って楽しもうな」 「うん、私にとっては1年越しの運動会よ。いっくんにペンギンさんのソーセージを作ってあげるね」 「わぁ! ぺんぺんしゃんしゅきー! ママぁ、ありがとう。いっくんうれちいよ、ママぁだいしゅき」  いっくんが目を輝かせ、すみれの足下に抱きついた。  いっくんはママが大好きだ。    ずっとこんな風に、無邪気にくっついて甘えたかったのだろう。 「ママぁ、いっくん、いっぱいニコニコするからみててね」 「うん、やっとゆっくり見られるわ。今日はママ最初から最後まで、ずっと見ているからね」 「ママぁ、うれちいよぅ」  キラキラ、子供の目が輝く瞬間っていいな。    小さな身体で幸せ一杯な状態だと表現している。 「さぁ、出来たわよ」 「わぁ! しゅごい……」  いっくんが小さな手を口にあてて、びっくりしている。 「どれ? おぉ、カラフルで美味しそうだ」 「ママぁ、これぇ……たからものだよ」 「まぁ、いっくんてば、可愛いことを言ってくれるのね」  弁当箱には小さなおにぎりとおかずがギュッと詰まっていた。  いっくんの言う通り、宝箱みたいだ。 「ずっと、いっくんに可愛いお弁当を作ってあげたかったの。でも今まで仕事があったり疲れていて……おにぎりしか握れなくて」 「よく分かるよ」  オレの母さんもすみれと同じだった。  女手一つで店を切り盛りして、運動会は見に来る暇もなくあくせく働いていた。だから弁当は兄さんが握った、いびつなおにぎりだけのこともあった。  今になって母さんの気持ちが分かるよ。  伝わってくる、ちゃんと心に届いてる。 「そろそろ行こう」 「うん、家族皆で出発よ」  お父さんがいてお母さんがいて、兄弟がいて……  美味しい手作り弁当を持って……  当たり前そうだが、実は難しいことだ。  オレは弁当箱の入った鞄を担いで、いっくんと手を繋いだ。  菫も槙を抱っこ紐に入れて、いっくんと手を繋いだ。  いっくんは両手を繋いでもらえて、うれしそうだった。 「いっくん、まってたぁ…… こんなうんどうかい、まってたよ」  いっくんの夢をひとつひとつ叶えていこう。  オレたちは、希望に満ちた運動会の朝を迎えた。  

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