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秋色日和 18

 いっくんね、りょうほうのおてて、つないでもらっているの。  うれちくて、えーんえーんしちゃいそう。  でもね、きょうはずっとニコニコでいたいな。  だって、もう、えーんえーんはいっぱいしたから。 …… 「いっくん、運動会なのにごめんね。今日はどうしても仕事を抜けられなくて」 「……うん、いっくん、ひとりでもだいじょうぶ。ママぁ、がんばってね」 「いっくん……お昼はあっくんのママに頼んであるからね。いっくんが寂しくないようにしてあるからね」 「ママぁ、ありがとう」  おべんとうのじかん、あっくんとあっくんのママがよんでくれたよ。 「樹くんも一緒にこっちで食べましょう」 「いつき~ こっちこっち」 「うん!」  でもね、そこにはあっくんのママとパパだけでなく、おじいちゃんとおばあちゃん、赤ちゃんもいて、シートがぎゅうぎゅうだったの。 「狭いなー」 「もうちょっと詰めておくれ」  いっくんがいなかったら、もっとゆったりさんだよね?  しょんぼり、すみっこでママのおにぎりをパクパクたべていたら、あっくんのママにびっくりされちゃった。 「えっ? 樹くんのお弁当、まさかおにぎりだけなの? 運動会なのに嘘でしょ」 「……うん」 「可哀想に。おばさんの家のおかずを食べなさい。本当にお気の毒だわ」  あっくんのおじいちゃんとおばあちゃんもしんぱいそう。 「どうしたの?」 「実は、この子は片親で……暮らしが大変で……今日も仕事が抜けられないみたいなんです。それで面倒を見てあげているんです」 「まぁお気の毒ね」  かわいそう?   おきのどく?  それって、いっくんのことなの?  いっくんはさみしいこ。  かわいそうなこ。  みんないつも、そういうよ。  きょうもいわれちゃった。 「さぁ、沢山お食べなさい」 「えー ママ、オレのたべるぶんへっちゃうよ」 「あっくん、意地悪しないの。仕方がないでしょう」 「ちぇっ! いつきがこなけりゃよかったのに」 「あっくん……ごめんね」  たまごやき、からあげ、ウインナー  たくさん、おさらにのせてくれたけど……  あっくんのぶんだったのに、ごめんね。  いっくんのママのあじじゃなかったけど、ぜんぶたべたよ。  でもね、まあるくなってたべているのに、だんだん、いっくんだけ、おそとにいるみたいになってきたよ。 「あつき、美味しいかい?」 「うん!」 「よしよし、可愛い孫にお菓子をいっぱい買ってきたよ」 「やった! おじいちゃん、おばあちゃんありがとう」  おとなのひとたちがおしゃべりにむちゅうになっているあいだ、そっとそこからはなれちゃった。  あのね、いっくんには……どうちて、どうちてパパがいないの?  ママのおじいちゃんとおばあちゃんはいるけど、いっくんのことあんまりすきじゃないみたい。いくとがっかりされるの。うんどうかい、きてくれたことないよ。  せめてパパがいたら、こんなとき、いっくんをだっこしてくれるんじゃないかな。  そうだ! もしかしたらきょうはこんなにひとがたくさんいるから、パパがいるかも。  がんばって、せのびしたよ。  でもね、きょうもいっくんのことみつけてもらえなかったよ。  えーんえーんしてたら、きれいなはっぱさんがやってきてくれたよ。 「わぁ、はっぱしゃん、きれい! いっぱい、いっぱいだね。もしかして、いっくんがさみちくないように? いっくん、はっぱしゃんとおともだちになるよ」 …… 「いっくん、どうした? ぼんやりして」 「パパぁ、あのね、いっくん、うれちくて……」 「パパもうれしいよ。そうだ、もうすぐおじいちゃんとおばあちゃんも来てくれるぞ。もう軽井沢駅に着いたらしいから」 「わーー うれちいよぅ」    みんでおててつないで、どんぐりほいくえんのもんをくぐったよ。  きょうは、いっくんのうんどうかい! ****  オレの家族。  そう呼べる存在が愛おしい。    4人で潜ったどんぐり保育園の門。  ここはゴールでなくスタートだ。  俺たち家族揃って、初めての運動会を楽しもう。  門を潜り終えて、空を仰いだ。  兄さん、そっちはどうだ?    兄さんも宗吾さんと小学校の門を潜ったところか。  青い空に浮かぶ白い雲。  兄さんが見上げる空と、オレが見上げた空は繋がっている。  兄さんもオレも寂しい思いを沢山して大人になったから、分かってやれることも多い。  過去は振り返るのも辛い時もあるが、過去があって今がある。  だから今のオレに自信を持つよ。  兄さんもだぞ。    兄さんには、もっともっと自分に自信を持って欲しい。  兄さんは優しい。  人の心に誰よりも寄り添えるから、人の心に敏感に気付きすぎて傷ついた事も多かっただろう。  いっくんを見ていると、兄さんを思い出すんだ。  あのさ、いっくん、今日は泣かないでニコニコするって宣言しているんだ。  可愛いよな。  でも、オレはどんないっくんでも大好きだ。  しっかり感情を出してスクスク育って欲しい。  芽生坊のように、明るく優しく気立てにいい子になって欲しい。  兄さん、これからも子育てを通じてよろしくな。  兄さん自身の幸せもいつも願っている。 **** 「瑞樹、どうした?」 「今、潤に呼ばれた気がして」  歩きながら空を見上げると、宗吾さんに笑われた。 「上を見るのもいいが、足下に気をつけてくれよ」 「わ!」 「ほら、もう少しでワンコの糞を」 「わわ、危なかったです」 「ははっ、それより荷物重たくないか」 「大丈夫です」  一足先に登校した芽生くんに続いて、僕たちも作りたてのお弁当を持って、家を出た。 「観覧席、いい場所が空いているといいな」 「そうですね」  恒例の場所取り。  もう3回目の小学校の運動会。  少しは慣れたが、毎回新鮮な気分になるよ。  芽生くんの3年生の運動会は、人生で一度きり。僕たちにとっても、芽生くんにとっても大切な1日だ。 「あの、宗吾さんの疲れは取れましたか」 「大丈夫だよ。一晩寝たら元気になったよ」 「良かったです」 「君のおまじないのおかげだ」 「え?」 「俺を優しく労ってくれた」 「そうしたかったのです。僕に出来ることはそれ位しか……」 「君にしか出来ないことだ」  宗吾さんは昨日帰宅した時、見るからに疲労困憊の様子だった。  あそこまで疲れ果てた様子を見たのは初めてだった。いや今までもあったかもしれないが無理して隠していたのだろう。  僕が全てをさらけ出せるようになったように、宗吾さんも自分を隠さなくなった。  昨夜は僕に甘えてくれているようで、僕は彼を優しく、ただ優しく包んであげたかった。 「宗吾さん、いつも僕が辛い時、話を聞いてくれて守ってくれて嬉しいです。そして逆に僕を頼ってくれて嬉しいです。一緒なんだなって思います」 「人はお互い様なんだよ。どっちかが苦しい時は、どっちかが助ければいい。甘えたい時は甘えていい。そんな境地になっているのさ」  宗吾さんの言葉が嬉しかった。   「宗吾さん、大好きです。宗吾さんといると楽しいことは倍に、悲しいことは半分になります」 「俺もだよ。瑞樹といると素直になれる。一緒にいるのが楽しくて幸せだ!」  シンプルな言葉が吹き抜けていく。  僕の青空を。  

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