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HAPPY HOLIDAYS 34

 瑞樹に編んであげた赤いニット帽をかぶって空を見上げる広樹の姿に、忘れていた懐かしい思い出がこみ上げてきた。  それは、あなたの生い立ち……  私は22歳で亡き夫と結婚して、すぐに赤ちゃんを授かったの。  子供が大好きだったから、手を取り合って喜び合ったわ。  お腹の赤ちゃんは教科書通りに順調に育つ優等生だったわ。つわりもほとんどなくお腹が張ることもなく、十月十日しっかりお腹の中にいてくれ、満を持してこの世に生まれて来てくれた。  元気な男の子だった。 …… 「咲子、この子は穏やかな赤ちゃんだな」 「本当に。どんな名前が似合うかしら?」 「そうだな……そうだ、広樹はどうだ?『広い木立ちに育つ力強い樹木』という意味だ。健康に力強く成長し、豊かな生命力に恵まれるという願いを込めて」 「素敵! なんてしっくりする名前なのかしら。名付けてくれてありがとう」 ……  広樹はその名の通り自然体で素直な性格で、とても育てやすい子だった。そして頼もしい子だった。    夫が亡くなった時、あなたはまだ10歳だった。私は乳飲み子の潤と幼いあなたを抱えて途方に暮れたわ。  広樹もまだ10歳の幼子で、自分が何をしたらいいのか分からないようだったけれども、出来ることは率先してやってくれた。潤の面倒もよく見てくれたわ。  そんな広樹が15歳の時、私にこう宣言したの。 「母さん、あの子をうちで引き取ろう。うちの子にしよう」  広樹の視線の先には、新緑の樹をひとりぽつんと見上げる男の子が佇んでいたわ。 「とても一人にはしておけない。助けてあげよう」  その口調はまるで、亡くなったあの人のようで驚いたわ。  気がつけば、広樹はあの人の面影を色濃く受け継いで成長していた。 「でも……うちには二人も子供がいるのに……」 「俺はもう15歳だ。もう働きにも出られる。高校はやめてもいい。これからは父さんに変わって、葉山家の大黒柱になる。だからあの子を引き取ろう」 「広樹、そんな……お願いよ。高校には通って……あなただけが犠牲にならないで」 「俺は平気だ。それに母さんの方がよほど苦労しているよ。俺には母さんと弟がいる。守るべき家族がいるのだから当然のことだよ。でも高校は母さんが望むなら通うよ。その代わり花屋の手伝い以外に、外でバイトしてお金を稼ぐから……どうかあの子を引き取って欲しい」  いつも温厚な広樹がむきになって何度も何度も同じ言葉を繰り返した。  広樹が連れて帰ろうとしたのは、今にも消えてしまいそうな程儚い男の子だった。    確かに、とても放っておけないわ。  私も広樹の気持ちに同意して、その子を家に連れて帰ったわ。  それが瑞樹だったの。  瑞樹を引き取った日は、広樹が我が家の大黒柱になった日。 「広樹、あなたのおかげで、私は生きて来られたわ。あの人に代わって大黒柱になってくれてありがとう。頼もしかったわ。負担もぐっと減って有り難かったわ。でもね……広樹だって私の可愛い息子なのよ。だから、もうただの息子に戻っていいのよ。ずっと大黒柱でいてくれてありがとう」  空に向かって手を振る広樹に近寄って、そう伝えた。  動揺した表情で私を見下ろす広樹を、精一杯の真心を込めて抱きしめた。 「広樹……ずっとありがとう。これからもずっと宜しくね」 「母さん……俺こそありがとう。大黒柱も悪くなかったけれども、やっぱり母さんの息子がいいな」 ****  広樹兄さんとお母さんの会話に、胸が熱くなった。  僕と出会ってから、ずっと一家の大黒柱としてドンと構えてくれた兄さん。  広樹兄さんだったから、僕は泣けた。  あの時、泣けなかったら、今の僕はここにいなかった。  今日からはもう肩の荷は全部下ろして、ただただ……僕の兄さんになって。  そんなことを考えていると、僕の手を芽生くんがそっと握てくれた。 「お兄ちゃん、あのね、赤い帽子ってまほうみたいだね。みーんなニコニコになったよ」 「そうだね。皆の心を解きほぐして繋げていくアイテムなのかも」 「なんだか、楽しいね」 「うん」  サプライズはいらない。  ただその場にいてくれるだけでいい。  心と心を繋げてくれたら、それが幸せ。 「お兄ちゃん、みんなであそぼうよ」 「そうだね、何をしよう?」 「トランプ!」 「腹ごしらえもしないとね」 「おやつはお母さんに任せてね」 「わぁい!」  さぁ、皆でトランプをして、お母さんの揚げたてドーナッツを沢山食べて、沢山笑おう。  夕方になったら空港まで広樹兄さんに送ってもらい、僕らは夜便で東京に戻る予定だ。    きっと……僕は飛行機の中で手荷物の鞄をギュッと抱えるだろう。  中には赤いニット帽が入っているから。  この帽子には、幸せを呼ぶ魔法がかかっている。  新年の北国は、愛で満ち、幸せで満ちている。  誰かが誰かのために心を尽くし、歩み寄る。    これが僕らの鍵となる。

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