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冬から春へ 14
前置き
本文と関係ない宣伝なので、不要な方は飛ばして下さい。
こんにちは、志生帆海です。
本日3/10開催される春庭に出店します。
スペースは【は04b】です。
新刊は、この『幸せな存在』の5周年スペシャルブックです。
『幸せな復讐』の改訂版、過去の同人誌収録の中学高校生になった芽生の話、エブリスタでスター特典にしていた糖度高めの甘い娯楽話、時系列や関係図、宗吾さんのマンションの間取り図。書き下ろしは20歳になる前日の芽生のSSです。いろんなサブキャラが登場します。主要キャラ、サブキャラ紹介など盛りだくさんの286頁になっています。
表紙には箔押しを施した特別装丁版です。無配ペーパーもありますので、是非お越しの際はお立ち寄り下さい。
BOOTHも11時頃OPENしますので、どうぞ宜しくお願いします。
https://shiawaseyasan.booth.pm/
長々と宣伝すみません。
読んで下さりありがとうございます。
では本文です。
****
ホテルの客室でお腹を空かせて大泣きする槙に、すみれが離乳食をあげた。
「良かった~ 美味しそうに食べているわ。ちょうど槙の齢にあった物が沢山入っていたわ」
「良かったな。あちらも小さなお子さんがいるから……」
「潤くん、本当にありがたいわね」
「あぁ」
その間、いっくんはずっとオレにしがみついていた。
「パパ、いっくんね、ここがいいでしゅ、ずっとここにいたいでしゅ」
「あぁ、パパがだっこしているから大丈夫だよ」
最近めっきり減っていた舌っ足らずなしゃべり方がさっきから復活している。
あんなに恐い目に遭ったばかりなんだ。
目の前で、いっくんが生まれた時から住んでいたアパートが燃える様子を目撃してしまった。
さぞかし恐かっただろう。
とても悲しかっただろう。
俺だって、こんなにショックなんだから。
いっくん……今は自分を隠さず、ありのままに素直に甘えてくれ。
君はまだとても……とても幼い子供なんだ。
「いっくん」
「パパぁ……」
まだ折れそうな華奢な身体をそっと抱きしめた。
お互いに怪我もなく、この世を生きていることに改めて感謝した。
小さな命を守った。
愛しい人を守れる人になれた。
それが幸せだ。
どんな状況でも命さえあれば。
その言葉に嘘偽りはないことを実感した。
「パパぁ、いっくん……ポンポンしゅいたよぅ」
「そうだな。ちょうど夜食が届いたから食べよう」
「うん!」
宗吾さんが手配してくれたおにぎりを食べながら、やっと落ち着いて、すみれとも話すことが出来た。
「ふぅ……何はともあれ、家族が無事で良かったな」
「うん、うん……もう別れはイヤ! 潤くんが火事現場に戻った時、人助けだって分かっていたのに引き留めたかった……」
「行かせてくれてありがとう。おばあさんも助かって良かったな」
「角の部屋のおばあちゃんには、いっくんを可愛がってもらったから無事でよかった。そうだわ、潤くん、大沼の両親に電話しないと」
「そうだった!」
兄さんから無事を取り急ぎ伝えてもらったが、俺の口からしっかり伝えたい。
客室から大沼の家に電話をかけると、何も喋っていないのに名前を呼ばれたので、驚いた。
「じゅっ、潤か!」
「お……父さん……」
「あぁ……潤、無事で良かった。皆、無事で……良かったよ……さっちゃん、潤からだ」
お父さんの声は濡れていた。
続いて母さんの声は聞き取れない程、濡れていた。
「じゅ……ん、よかった。ニュースを見て心配して……本当に無事でよかった。家族全員無事だって瑞樹が教えてくれて……ううっ……あなたに何かあったら……母さん……」
母さんの一言一言に愛情がこもっていて泣けた。
「ありがとう。そんなに心配してくれて」
若い頃は、どうせオレなんて厄介者でいないほうがいいんじゃねーかって、いつも思ってたことを後悔した。
いや後悔はナシだ。
変えられない過去に固執しすぎても何も生まれない。
今、こんなに愛してもらっていたことに気付けたのだから。
「ありがとう、母さん、大好きだ」
すっと照れ臭くて伝えられなかった言葉も惜しみなく――
言葉は、その人の心そのものだ。
凶器にも、宝物にもなる。
だから大切に大切に……発していきたい。
電話を切ると、いっくんが何を言いたげにこちらを見つめていた。
こんな時、兄さんならどうする?
以前のオレだったら気付けなかった繊細な感情に心寄せていこう。
「もしかして……いっくんも電話をかけたい人がいるのか」
「あっ、しょうなの! いっくんねっ、めーくんに……いっくん、ちゃんといきてるよっておちらせちたいの」
生きているって知らせたい。
その言葉に、いっくんがどれほどの危険を感じ、どれほどの恐怖を味わったのか悟る。
「そうだな、じゃあ隣の部屋の兄さんに連絡先を聞きに行こう。オレも宗吾さんのお兄さんに直接お礼を言いたいし
「うん!」
****
部屋に入るなり脱力してしまった。
会社を退社してロビーで火事のニュースを知ってから、ここまでノンストップで走り抜けた。
ゼェゼェと息が切れて、思わず宗吾さんにしがみついてしまった。
「瑞樹、瑞樹……もう大丈夫だ。深呼吸しろ。みんな無事だ。みんな生きている」
何度も背中を擦ってもらい、息が整ってきた。
「宗吾さん、僕一人では……とても走れませんでした。常に宗吾さんが併走してくださったから……僕は頑張れました」
「そんなの当たり前だよ。愛する人が頑張っているんだ。サポートするのがパートナーの役目だよ」
「あ……ありがとうございます」
肩肘張って、誰にも迷惑かけないでひっそりと過ごしたい。
そんなことばかり考えて、人からのあたたかい手を拒絶していたあの頃の僕に教えてあげたい。
差し出された手は掴んでいいんだよ。
とても、とても暖かいのだから。
君はひとりじゃない。
「あ……あの……」
「ん?」
「芽生くんに電話してもいいですか。今、すごく……声が聞きたい……」
「オレもそう思っていたよ」
「やっぱり僕たちには芽生くんがいないと変な感じですね。僕が産んだわけでもないのに……なんというか、もう僕の子供なんです。宗吾さん……あなたとの……大切な子です」
「瑞樹……ありがとう」
優しく口づけをされた。
愛が籠もった口づけも、とても暖かい。
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