1622 / 1646

冬から春へ 19

「さぁ、出発しましょう。宗吾さん、帰りも僕が運転します」 「だが、昨日も長距離運転したし、疲れていないか」 「大丈夫です」 「分かった。雪道だし、任せるよ」 「ありがとうございます」 「じゃぁ出発しよう!」  火事の翌日。  朝早い時間に、僕たちは東京に向けて出発することにした。  車が動き出すと、ずっと俯いていたいっくんが顔を上げた。  あ……目に涙をいっぱい溜めている。  いっくん、声に出していいんだよ。  どうか、どうか……  君の気持ちを伝えたい人に伝えてあげて――  全部、潤の糧になる。  そんな思いで後部座席の窓を開けてあげた。  僕は振り向いて、いっくんに向かってコクンと頷いた。  いっくんの気持ちを促してあげたかった。  すると、いっくんの気持ちが溢れ出た。  こぼれ落ちた。 「……パパぁ、いっくんのパパぁ……あえないうちに、きえちゃったりしないよね?」 「いっくん……絶対に消えないよ。パパはずーっといっくんのパパだからな」 「よかったぁ……いっくんまってるよ」 「あぁ、待っていてくれ。必ず迎えに行くから」 「うん」  いっくんの願いは必ず叶うよ。    潤なら必ず叶えてくれるからね。  これは悲しい別れではない。  二度と会えなくなる別れでもない。  全部、この後やってくる『peaceful day』のためだ。  平穏な心穏やかな日を迎えるためのステップだ。  だから、頑張れ!  僕も応援するよ。    僕に出来ることがあるなら、全部してあげたい。 「だから、いっくん、パパをしんじてくれ」 「うん、パパぁ……だいしゅきだよぅ」 「オレも……パパもだいすきだ!」  いっくんと潤が手を取り合って誓う様子に、ふとあの日のことを思い出した。  東京の桜が咲いたら迎えに来ると約束してくれた宗吾さん。  僕は療養しながら、密かに待っていた。  宗吾さんが迎えに来てくれる日々を。  あの日の再会。  力強い腕に抱きしめられた感覚は、まだ残っている。  信じることの大切さを学ぶ出来事だった。      ゆっくり、ゆっくり車が動き出す。  名残惜しさを振り払うように。  しばらく走行していると、今度は菫さんが窓の外を見つめて唇を噛みしめているのに気付いた。 「菫さん、あの……何かあったら遠慮なく言って下さい」 「あの……ごめんなさい。実は東京へ行く前に、どうしても寄りたい所があって……」 「はい、もちろんです。どこですか」 「……いっくんの保育園に無事の連絡をしてなくて……気がかりなんです」 「あ! そうですね。気付かなくて」 「いっくんが赤ちゃんの時からお世話になっているから、どうしても顔を見せてから行きたくて」 「もちろんです」  そうだった。  僕の方も抜け落ちてしまっていたが、いっくんがここまですくすく成長出来たのは、0歳児の時からお世話になっている保育園の力も大きい。  きっと保育士の皆さんも心配されているだろう。怪我人がいなかったことはニュースで知っても、やはり顔を見るまでは不安だ。  僕がそうであったように。 「あの、保育園の場所は……」 「分かります。運動会で行ったことがあるので」 「あ……あの時は本当にありがとうございます。瑞樹くんが来てくれて、潤くん、すごく心強かったようです。昨日も駆けつけてくれて……潤くん、見違えるように元気になったのが分かりました」 「良かった。役に立てて……本当に良かった」  僕たちはすぐに、いっくんが通う『どんぐり保育園』に向かった。  車を停めて、いっくんが降りると……  すぐにお迎えをしていた保育士さんが、泣きながら駆けつけてくれた。  いっくんも両手を広げている。 「いっくん、いっくん!」 「せんせー せんせー いっくん、ちゃんと、いきてるよ!」 「いっくん、無事で良かった。ご家族無事で良かったわ。先生、どうしてもあなたの可愛い顔を見るまで安心出来なかったわ」  保育園の先生に抱きしめられるいっくんは愛くるしい笑顔を振りまき、それから、そっと空を見上げた。  きっとお空のパパに見てもらっているのだろう。  胸を張って――  元気にこの世を生きていると。  僕はいっくんから学ぶことが多い。  僕だけが生きていることを恥じ、生きていることを感謝出来なかった子供時代にどうしても思いを馳せてしまう。  だから僕も空を仰いだ。  あの雲の上にいる家族へ伝えよう。  お父さん、お母さん、夏樹、元気ですか。  僕は今日もこの世で大切な人と共に過ごせることを感謝して、生きています。  見守って下さい。  僕の人生を―― 「瑞樹、空の家族に報告をしていたのか」 「あ……宗吾さんには何でも分かってしまうのですね」 「まぁな、君のパートナーだから」 「はい、さぁ戻りましょう。芽生くんが待つ我が家へ」 「おぅ! 瑞樹からそういう台詞を聞くと痺れるよ」 「……恥ずかしいです」 「かっこいいよ。昨日から君はずっとかっこいい!」  

ともだちにシェアしよう!