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冬から春へ 20
チュンチュン――
鳥さんの声だ。
あれれ?
今日の小鳥さん……
ちょっとおじさんっぽい声だな。
「ん……もう朝なのぉ?」
手足を思いっきり伸ばしたら、足がお布団からはみ出ちゃった。
「お兄ちゃん、寒いよう……」
……あれ? お兄ちゃんいないの?
ここは、どこなの?
あっ、そうだ。
ここはおばあちゃんのお家で、ボクは昨日はおじさんと一緒に眠ったんだ。
パパとお兄ちゃんはいないよ。
それに、ここはボクのおうちじゃない。
あっ大変! もしかして寝坊しちゃった?
慌てて飛び起きたら、まだおじさんが横で眠っていたので、ほっとしたよ。
まっすぐに上を向いて目をギュッとつぶっているよ。
あれれ? おじさん、メガネしたまま眠ってるよ。
ふしぎだな。
「……えっと、おじさん、おはよう」
「おぉ、芽生、起きたのか。早起き出来て偉かったな」
「えへへ、よかったー ねぼうしなくてよかった」
「さぁ、今日も学校だろう。支度をしよう」
「はーい!」
ボクは元気よく飛び起きたよ。
おじさんより早く起きれるなんてびっくりしちゃった。
階段を降りる途中で振り返ると、おじさんもお布団からムクッと起き上がっていたよ。
あれれ? おじさん、スーツのまま眠っていたの?
ボクは首をかしげながら、下に降りたよ。
「おばあちゃん、おはよー」
「芽生、おはよう! 早起きね」
「えへへ」
「さぁすぐに朝ご飯にしましょう。芽生の好きなお味噌汁も卵焼きもあるわよ」
「わぁー すごい」
おばあちゃんのお台所は朝から湯気があがって、美味しそうな匂いがするよ。
卵焼きは甘くてふっくらで、大好き!
「おいしい! おいしいねぇ」
「芽生は素直で可愛い子ね」
「えへへ」
ボクのおばあちゃんって、とっても優しいの。
いっぱいほめてくれるから、いつもポカポカになるんだ。
あー お兄ちゃんにもこれ食べさせてあげたいな。
お兄ちゃんもおばあちゃんの卵焼き、大好きなんだよ。
「瑞樹たちが戻ってきたら、作ってあげるわね」
「え? ほんと? ありがとう」
「どうしたしまして。芽生、さっき宗吾と瑞樹から連絡あって今から戻ってくるそうよ」
「そうなの? ふぅ、よかった」
「とっておきの良いことがあるって言ってたわよ」
「とっておき?」
「楽しみね」
「わかった。あ、学校に行かないと。あ……でも」
おばあちゃんちから学校に行くの、ちょっと不安だな。
マンションからだったらお友達がいるのに、ここからだと道も違うから心配だなぁ。
「芽生、私と一緒に出かけよう」
「おじさん! いいの?」
「あぁ、もう支度は出来ている」
「えっ、もう? 朝ご飯は?」
「……その、ええっと……大丈夫だ」
その横でおばあちゃんがクスッと笑っていた。
あ……もしかして、おじさん、とっくに起きていたのに、寝たふりしてくれたいたのかな?
「おじさん、大好きだよ! おじさんって、とってもやさしいんだね」
「そ、そうか」
「まぁ、うふふ、憲吾、良かったわね」
「う……うむ」
ボクはおじさんと一緒に出かけた。
おじさんは難しい仕事をしているけど、とってもやさしい人なんだ。
朝起きた時、本当はパパとお兄ちゃんがおそばにいないの、少しだけ寂しかったけど、そんなこと忘れちゃうくらいだよ。
やさしくしてもらうと、心のざわざわが消えるよ。
やさしさって、すごいんだね。
やさしい人になろう。
ボクも……
そうなりたいと思わせてくれる人が、ボクのまわりには沢山いるから。
****
「ふー! いっくんね、あんちんちたよ」
「そうね、ママもよ。新しいお家が見つかるまでママと東京で過ごそうね」
「あい! ママぁ…… あのね……いっくんとママ、もうふたりぼっちじゃないんだね」
「いっくん……うん、そうよ。もう私たちは……さみしくないのよ」
後部座席で繰り広げられる親子の会話。
潤と出会うまで、この二人がどんなにさみしかったのか。
それが、ひしひしと伝わってくる。
僕はもう怯えない。
守りたい人が沢山いるから。
日々穏やかでありたい。
そのためにも、もっと僕自身を信じていこう。
隣りで宗吾さんが電話を受けていた。
相手は宗吾さんのお母さんで、芽生くんの様子を報告してもらっている。
途切れ途切れに聞こえる会話に、僕の心も凪いでいた。
「瑞樹、芽生は元気に兄さんと仲良く登校したってさ」
「良かったです。憲吾さん、すごいな。そうだ、芽生くんは一人で起きられたのでしょうか」
「くくっ、それがさ、少し寝坊しそうだったから兄さんが起こしに行ってくれたようだが、小鳥のさえずりの真似をしていたって」
「ええ? 憲吾さんが鳥の鳴き真似を?」
「その後、寝たふりまでしていたそうだが、スーツに眼鏡のままだったからバレバレだったんじゃないかって、母さんが笑っていた」
宗吾さんの話を脳内で映像化してみると、とっても明るい気持ちになった。
「憲吾さんはとても軽やかになりましたね」
「そうだな。昔はギチギチのガチガチだったのに、今は臨機応変に惜しみなく身体を動かしてくれる人だ」
「函館の母がくまさんのことを、こう言っていました。身体をよく動かせる人は健康で幸せになれるって」
「なるほど」
「宗吾さんもそんな人です。フットワークの軽い所が大好きですよ。僕は最初からそこに惹かれて……心をずっと揺さぶられています」
はっ、すみれさんたちがいることも忘れて、つい熱弁してしまった。
するとさっきまで泣いていたいっくんがキラキラ目を輝かせていた。
「いっくん、しってるよ。あちちってしあわせなんだってー めーくんがいってたもん。いっくんのパパとママもあちちだよ。いっくんとパパも、いっくんとまきくんも、いっくんとママもね、みーんなあちちだよぅ」
「いっくんてば」
菫さんも真っ赤になっていた。
車中の気温がグンと上昇した。
「菫さんも和んでいますね」
「えぇ、辛いことがあっても、こうやって微笑みあえる人が傍にいてくれれば、もう、それでいいんですね」
「僕もそう思います。東京では笑顔で過ごして下さい。それが潤が一番喜ぶことです」
「そうしたいです。宗吾さん、瑞樹くん、宜しくお願いします」
「こちらこそ!」
明るい挨拶だった。
そうだ、またスタートすればいい。
未来は明るいのだから。
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