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冬から春へ 30

「お客様の条件の物件は、まず出ませんよ」 「……そうですか」  何件もの不動産屋を回ったが、条件に合う物件は全く見つからない。  家探しは難航しそうだ。  事前に、潤に引っ越し先の希望を聞いた。  立地、家賃、環境、間取り、設備と、過度な贅沢を言っているわけではないが、譲れないこともあるようで、なかなか折り合いがつかないらしい。  潤が拘ったのは軽井沢の駅にほど近い場所で、小さな庭のある一軒家の賃貸住宅が希望だった。そして何故か一定の地域は避けて欲しいという要望と、別荘をリフォームした家はNGとのこと。  どうやら……何か深い事情がありそうだが、今は聞かないよ。  潤が話したくなった時でいい。  今は目の前の問題を解決することに集中したいしな。 「うーむ、この値段じゃ厳しいよな」 「条件の見直しをご検討下さい。この値段ではそもそも無理ですので」 「うーむ」  家賃の援助をしてやるのは簡単だが、一家の主として頑張りたい潤の気持ちを応援してやりたい。どうしたものかな。 「父さん!」  そこに潤がやってくる。 「おぉ、買い物は終わったのか」 「はい、母さんにいろいろ買ってもらいました。いっくんとお揃いの服まで……代金を受け取ってもらえなくて……申し訳ないです」 「なぁに、前から買ってやりたいと騒いでいたから甘えるといいさ」 「……すみません」 「潤、俺はすみませんより、ありがとうの方が嬉しいぞ」 「あ……ありがとうございます‼」    背筋を正してビシッと敬礼するもんだから、笑ってしまった。 「末っ子は可愛いな。キャンピングカーに戻って珈琲を飲もう。良さそうな豆を買ったんだ」  もう少し家探しの条件を詰めるべきだな。  譲れない点、妥協できる点、一つ一つ確認していこう。 ****  たいへん!  いっくん、またこわいゆめみちゃったよ。  いっくんのおうちがね……ママとくらしたおうちがね……パパがきてくれたおうちがね……まきくんがうまれたおうちがね……もえちゃうの。  なくなっちゃうの。  あついの。  どうちよ?    みんな、なくなっちゃうよー  パチっておめめさめたらすごくドキドキで、えーんえーんなきたくなったの。でもね、ママがまきくんをだっこしておっぱいあげていたから、いっくん、がまんしたよ。    ママこまっちゃうもん。  まきくんがびっくりしてないちゃうもん。  いっくん、おにいちゃんだから……    なかないもん。  だからぎゅっとめをつぶって、もういちどねむろうとしたよ。  いっくんよりさきに、まきくんがすやすやねむったよ。  ママはいっくんのおふとんなおしてくれたよ。  ママぁ……  あくびしてる。  ママもねむいんだね。  いっくん、だからじっとしていたよ。  そうしたらね、ドアがひらくおとがしたの。 「だれ?」 「しー、いっくん、ボクだよ」 「めーくん!」 「しー」 「うん」 「いっくん、もしかして……こわいゆめみたんじゃない?」  パジャマをきためーくんが、いっくんのことみにきてくれたよ。   「しゅこし……」 「やっぱり、そうかなっておもって、いっくん、さみしくない? ボクには本当の気持ち教えて。ボクはいっくんのお兄ちゃんだから、ママがいそがしかったらお兄ちゃんがいるよ。ボクのお兄ちゃんもそうやって守ってもらったんだって」  そうなの?  ママがいそがしいとき、あまえてもいいの?  めーくんにあまえてもいいの? 「いいの?」 「当たり前だよ。そうだ、いっしょにねようよ」 「うん! あ……でもママがちんぱいするかも」 「だいじょうぶ。ちゃんと『しんしつにいます』って、おてがみをかくよ」 「めーくんってしゅごい」  めーくんって、かっこいいなぁ。  いっくんもめーくんみたいになりたいなぁ。  いっくんもまきくんをまもれるようになれるかな。  いっくん、まだちいちゃいけど、おおきくなるよ。 「じゃあ、いこう」 「あい!」  めーくんのおてて、とってもあたたかいね。    うれちいな。  もう、ひとりでじっとしてなくていいんだね。 「しーだよ」 「うん、しーね」  ベッドには、みーくんとそーくんが、なかよくねんねしてたよ。 「わぁ、なかよちちゃんでしゅね」 「とってもね! ボクたちもなかよしだよ」 「めーくん、おててつないで」 「うん!」 「えへへ」 「えへへ」  めーくんとおててつないだら、こわいゆめ、もうみなかったよ。  ふたりでいっぱい、いっぱい、あそぶゆめだったよ。  おおきくなって、サッカーしていたよ。  いっくんのこと、パパがニコニコみてくれていたよ。 ****  僕と宗吾さんは静かにエンジェルズを見つめた。 「俺たち幸せだな。朝起きてすぐ天使を見られるなんてさ」 「はい、僕もそう思います」 「瑞樹も俺の天使だよ」  顎をそっと掴まれ、チュッとキスをされた。 「あ、駄目ですよ、子供達がいるのに」 「まだ寝息を立てているぞ」  宗吾さんが僕の少し長めの髪に、指をくるりと絡ませてくる。    いつもひとつになる時にされる仕草と同じで、心がトクンと跳ねた。  そのまま腰を抱かれ二度目のキス。  そこにバーンっと菫さんが飛び込んできたので、僕たちは叱られた子供のようビクッとしてしまった。  あ、危なかった。  慌ててパッと離れて、布団に飛び込んだ。  僕、はだけてないよな。  パジャマの襟元を正して正座だ。    菫さんは美智さんが用意してくれた、部屋着にもなるスウェットの上下を着ていた。それで正解だと思う。 「あ、ごめんなさい。いっくんがここにいると芽生くんの手紙が置いてあったので」  その声にいっくんは満面の笑みで目覚めた。 「あー ママぁ」 「いっくん、芽生くんからお手紙もらったのよ」 「うん、よなかにめーくんがむかえにきてくれたの。いっくん、だからとってもたのしいゆめみたよ」 「そっか、そうだったのね。芽生くんありがとう」 「……むにゃむにゃ」  いっくんも芽生くんも、とてもいい夢を見たようだ。  芽生くんはまだ見ているようだな。  宗吾さんと顔を見合わせて、くすっと笑ってしまった。 「芽生は寝坊助だな」 「宗吾さんに似ましたか」 「はは、そうらしい」」 「くすっ、なんだか私たち不思議な関係ですね。ええっと……あの、貴重なお二人の時間に、これからって時に、お邪魔しました」  菫さんが気まずそうに部屋からパタパタと出ていってしまう。 「え? いや、そんなー 待って下さいー」  今、絶対誤解された!    あたふたしていると宗吾さんが肩を揺らした。 「瑞樹が頬を染めて、潤んだ目元で色っぽいからさ~」 「宗吾さん‼‼」 「さぁ、1日のスタートだ。頑張るぞ!」 「はい、穏やかな1日となるように願っています」 「そうか……願うのか。すごくいい響きだな。サンキュ!」  賑やかな朝、和やかな朝に感謝しよう。  皆、無事で、揃って平和な朝を迎えられたことに感謝しよう!  感謝から始まる1日は、感謝で終わる1日に繋がっていく。

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