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冬から春へ 31

 父さんがキャンピングカーの前で器用に火を起こし、湯を沸かしてくれた。  そして大きなリュックからコーヒーミルを取り出して、目の前で挽いてくれる。 「どうした?」 「いや、父さんのリュックってすごいなと」 「ははっ、急いで出発したが、ありったけのものを詰め込んで来たんだ。潤が喜びそうなものを」 「オレのために?」 「あぁ、そうだ。潤のためだ」  心に響いた。    こんな時は素直に受け止めて、心からの感謝を伝えたい。  ひねくれものだったオレはもういないのだから。 「あ、ありがとうございます」 「堅苦しいな。ほら飲め、暖まるぞ」 「はい、あ……うまい」 「オレがブレンドしたんだ。コホン、これは潤ブレンドだ」 「えっ」 「キレがあってコクがある。それが潤の個性だ。大事にしろ。なっ!」  父さんの大きな手が、オレの肩に置かれる。  父さんの重み、いや有り難みをしっかり感じた。  それにしてもキレがあってコクがある?    こんな言葉で褒められるのは、初めてだ。  猛烈に照れ臭い。  オレは褒められるようなことして来なかったから、慣れてない。 「あ、あの……オレ……そんな風に見えますか」 「あぁ、潤は咄嗟の決断力が誰よりもあるからキレがあって、知れば知るほど優しい男だからコクもあるのさ」  そんな風に言ってもらう資格はないのに、そんな風に言ってもらえるのが嬉しくて有り難くて、心を打たれる。 「潤、どうだ? 少しは落ち着いたか」 「あ、はい……さっきはすみません。不動産屋さんに行ってもらうのにあたり、オレ……いろいろ細かすぎる注文を」 「……いや、誰にでも拘りはあるものさ」 「どうですか。物件、ありそうですか」 「うーん、正直なかなか難しいようだ。値段との折り合いもあるしな」  オレが出した引っ越し先の希望は、駅から近い一軒家で、あの事件が起きた貸別荘から離れた場所。 「ところで、どうして駅近がいいんだ?」 「それは……新幹線の駅から近い方が、兄さんもお父さんたちも足を運びやすいから」 「そうだったのか」  父さんは少し難しい顔をした。 「ありがとな。気を遣ってもらって。だが潤の家が仮に駅から遠くても、俺たちは駆けつけるぞ」 「……はい」 「あ、そうか、一軒家なのは、もしかして三兄弟の将来の夢のためか」 「あ、どうして、それを?」 「広樹からもみーくんからも聞いているよ。オレの息子たちの将来の夢を」 「はい、その夢を今度の家で叶えたいです。それにアパートはもう……すみれもいっくんも火事を思い出してしまうので……ナシかなと」 「そうだな、その方がいいな」  オレたちの夢。  それは夏の軽井沢で期間限定の花屋を開くこと。  オレが丹精込めて育てた花を瑞樹兄さんと一緒に摘んで、広樹兄さんが待つ花屋の店先に並べる。そして瑞樹兄さんはアレンジメントを、広樹兄さんはスワッグを作る。  看板娘は、すみれだ。  看板息子はいっくんと槙。  そうだ、父さんの珈琲ショップと母さんのドーナッツ屋も期間限定で併設するのもいいな。 「楽しそうな夢だよな。その夢に俺たちも便乗してもいいか」 「今、丁度考えていました。カフェも併設したいので是非!」 「ふむ、なら少し駅から離れて、車がゆったり停められる場所でもいいな」 「そうか……そうですね」 「夢があると、前を向けるな」 「はい!」 **** 「じゃあ、いっくん、ボク、小学校に行ってくるよ」 「え? いっくんもいくー!」 「え? いっくんはダメだよ」 「ダメなの? どちて?」  わわ、どうしよう。  えっと、えっと……ダメな理由は…… 「えっと、いっくんはまだ小学校に通う年齢じゃないからだよ」 「しょっか、いっくん、じゃあ、ほいくえんにいくー」 「え! えっと、えっと……」 「あ、ほいくえんのバッグないよ。どうちよ」 「えっと」  上手に答えられないことばかりで、どうしようってなっちゃった。  そうしたらすみれさんが来てくれたよ。 「いっくん、今日はママと銀座に行きましょう。芽生くんのダウンのファスナーを修理してもらいに」 「いく! いっくん、めーくんのおやくにたてるの?」 「たてるわよ」 「わかった。めーくん、はやくかえってきてね」 「うん!」  いっくん、ニコッとしてくれたよ。  よかった!  いっくんの笑顔って、すごくかわいいな!  ボクもとびっきりの笑顔で答えたよ。 **** 「宗吾さん、いっくんとめーくんの笑顔って最高のプレゼントですね」 「あぁ、そうだな」 「とてもあたたかい贈り物をもらった気分になります」 「俺もだよ。俺たちも見習いたいな」 「はい、同感です」  僕たちも笑顔を欠かさないでいたい。    笑顔は日々を輝かせる魔法だ。  心から笑い合える日がずっと続きますように……  願うことと努力、どっちもしたいな。 「宗吾さん、いつもありがとうございます」  心を込めてニコッと微笑んで宗吾さんを見上げると、明るい笑顔が返ってきた。   「瑞樹、俺の方こそありがとう。君のおかげで毎日優しい気持ちになれるよ」  笑顔の種は、僕たちがそれぞれ持っている。    

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