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冬から春へ 34
会社に到着すると、菅野が真っ先に今日の仕事分担表を見に行ってくれた。
相変わらずフットワークが軽いな。
「瑞樹ちゃんは外回りだったよ」
「そうか、ありがとう! 菅野は?」
「俺は内勤だった。お互い今日も頑張ろう!」
「うん!」
菅野と恒例のハイタッチ!
菅野はいつもおおらかで優しいから、一緒にいると元気が出るよ。
日溜まりのような、ぽかぽかな空気に和んだ。
あの日の夜から今日まで、とても長かった。
第一報を受けた段階では恐怖しかなく倒れてしまった。
僕はまだ事故が怖い。
大切な人がまた消えてしまわないか。
そればかり心配してしまう。
だが僕の周りは、誰一人欠けていない。
それが嬉しくて、それが有り難くて、感謝の気持ちで一杯だ。
皆、生かされている。
だから日々感謝なのだ。
生け込みの花材を準備してから、窓際の机にいるリーダーの元に向かった。
「リーダー、今から東銀座に生け込みに行ってきます」
「あぁ、葉山、疲れているところ悪いな」
「大丈夫です。あの、昨日は急に休んで、すみませんでした」
「いや、謝らなくていい。弟さんが無事で良かったな。君はいつも人の何倍も働いているんだから、たまには休め」
「ありがとうございます」
「へぇ、今日はミモザなのか」
「はい、季節を少しだけ先取りしてきます」
「葉山に似合っているぞ」
年間を通して購入できる花が多い中、ミモザが市場に出回るのは12月~4月と期間限定だ。自然に咲く花は天候に左右されるので、切り花のミモザは入手困難になる場合もある。だから店の要望に合わせて、状態の良いミモザが入手出来て良かった。
大きな花材を花束のように抱えて、僕は生け込み作業に出掛けた。
以前から銀座界隈の夜営業のレストランやバーなどの装花を任されており、店伝いの口コミで、有り難いことに、生け込みに行く店も年々増えてきている。
ところで一足早い春の花『ミモザ』をご所望なのは、どのお店かな?
生け込み先の住所を改めて見て驚いた。
『東銀座の桐生ビル』
『BARミモザ』はテーラーの桐生さんの弟、蓮くんのお店だ。まさに今日いっくんと菫さんが行くといっていたので、タイムリーだ。
タイミング良く会えるといいな。
大量のミモザの花束を抱えて銀座の大通りの信号待ちをしていると、通りすがりの人たちから、ちらちらと見られた。視線が集中して少し気恥ずかしくなった。皆、黄色い花に見蕩れているのかな?
「違うな、瑞樹に見蕩れているんだ」
「えっ」
花の向こうに突然宗吾さんが現れて驚いた。
「そ、宗吾さん!」
「よっ! 俺も外回りなんだ」
「びっくりしました」
「遠目にも目立っていたぞ。ミモザを抱える王子様のようで」
「そんなことは……」
「仕事中の君はかっこいいよな」
宗吾さんが僕をちゃんと男として認めてくれているのが伝わってきた。
肉体関係では宗吾さんに抱かれる方だが、宗吾さんは僕をけっして女性のようには扱わず、男として接してくれる。それが密かに嬉しい。
目を細めて宗吾さんが僕を見つめてくれると、自然と笑みが漏れた。
僕はそんな宗吾さんが大好きだ。
人を好きになること、恋をすることは、生きていく上でとても大切なこと。
それを気付かせてくれる人だ。
宗吾さんといると元気になれる。
宗吾さんは僕の人生を豊かにしてくれる人だ。
恋はいつまでも純粋でありたい。
そう願っている。
「瑞樹、俺は向こうに行くよ」
「はい、頑張って下さい」
「瑞樹もな!」
「はい」
宗吾さんと別れて、僕は桐生ビルの地下へと階段を降りた。
黄色いミモザを抱えて――
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