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特別番外編 瑞樹31歳の誕生日③

 ダイニングに戻ると、テーブルの上にスズランの花が五月の風を受けて揺れていた。 「あの……こんなに立派なスズラン、よく手に入りましたね。とても綺麗で香りも良いですね」 「あー コホン、タネ明かしをすると、これは潤からのプレゼントなんだ」 「えっ!」 「なんでも潤が丹精を込めて育てて花だそうだ。イングリッシュガーデンの一角で」  潤がこのスズランを育ててくれたのか。  そう思うと感慨深い。 「驚きました。こんなに綺麗に花を咲かられるようになったのですね」 「そうだな」    目を閉じれば浮かぶよ。  軽井沢でつなぎ姿の潤が、真剣な眼差しで働いている姿が……浮かぶ! ****  軽井沢  兄さん、31歳の誕生日おめでとう。  オレからのプレゼントはもう受け取ってくれたか。  先日イングリッシュガーデンの花壇に、スズランの花が無事に咲いた。  オレが丹精を込めて育てたものだ。  難しかったが、みんなの力を借りて綺麗に花咲いた。  それをオーナーに頼んで少し分けてもらい、東京の宗吾さんの元にこっそり送った。  兄さんの誕生日の朝。  宗吾さんが映画のワンシーンのように兄さんにスズランの花束を渡して欲しいとお願いした。  兄さんが生まれた日の朝は、部屋中が涼しげで透明感ある香りに包まれていたのでは?  それを再現したかった。  すずらんの瑞々しい緑と清楚な白は、どこか初夏を思わせる爽やかな色合いで、透明感のある香りは兄さんの気持ちを調えてくれろだろう。  ヤバいな。  オレの頭の中、今日は兄さんで一色だ。 「パパ、にこにこしてるね」 「いっくん、もうおきたのか」 「えっとね、きょうはみーくんのおたんじょーびで、もうすぐめーくんのおたんじょうびでしょ」  いっくんの記憶力には驚きだ。確かに皆の誕生日を教えてあげた。 「えへへ、いっくんね、おたんじょうびをおいわいしてもらえて、とってもとってもうれちかったの。だからね、こんどはいっくんがおいわいしゅるんだ」 「そうだったのか、ありがとう」 「パパぁ」  パジャマ姿のいっくんが両手をひろげて、抱きついてきた。 「んー どうした?」 「あのね、おでんわちようよ」 「そうだな」  そんなやりとりを見ていたすみれが、オレにスマホを渡してくれる。  つまり奥さん公認にブラコンだ。 「潤くん、早くしないと出掛けちゃうわよ」 「お、おう」  オレは幸せ者だ。 「もしもし、兄さん」 「じゅーん、今、宗吾さんから聞いたんだ。スズランを育てて送ってくれたのが潤だって、すごく綺麗だった。花の白さも葉の緑色も透明感があって……すごいよ、すごい……潤はすごい」  大絶賛を浴びて、超照れ臭いぜ!    そんで、超嬉しい!  頑張った甲斐があった!  頑張った分だけ、喜んでくれる人がいる。  だからオレはその人のことがますます好きになる。 「兄さん、31歳の誕生日おめでとう! ますます幸せになってくれ。宗吾さんと芽生くんと仲良く暮らしてくれ。そんな想いを込めたんだ」 「うん、ありがとう。昔からスズランの香りを嗅ぐと心が落ち着くんだ。不思議だよね」 「兄さんそのものだよ。すずらんは」 「そんな……そうか、ありがとう」 「本当におめでとう! 楽しい1日を」 「うん! ありがとう!」  兄さんの晴れやかな声、明るい声。  顔は見えなくても満面の笑みを浮かべていることが想像できた。  ****  朝食を終えると、宗吾さんに手を引っ張られた。 「瑞樹、そろそろ時間だ。行こう! 芽生、準備がいいか」 「宗吾さん、あの、どこへ?」 「内緒さ、サプライズだ」 「パパ、準備OKだよ」  僕たちはドタバタとドライブに出発した。 「横浜方面ですか」 「まぁ、そうだ」  高速に乗り一気に横浜へ。  一般道に降りて宗吾さんは迷いなく車を走らせる。 「もうすぐだ」    駐車場に車を停めて、僕の手をまた引っ張る。 「お兄ちゃん、こっちこっち」  宗吾さんと芽生くんは下調べでもしたのかな?  二人ともすごく張り切っている。  僕も二人のワクワクした気持ちが移ったのか、ドキドキワクワクしているよ。  やがて視界が開ける。 「あっ……」 一面のしろつめ草。  まるで絵本のような景色が広がっていた。  僕の原風景のようだ。  ここは…… 「瑞樹、ここでピクニックをしないか」 「あ……でも、僕たち……今日は手ぶらです」 「だいじょうぶ、だいじょうぶ、おばーちゃん、おじさーん、みちさーん、あーちゃん」  芽生くんが大きな声で呼ぶと…… 「瑞樹、後ろを振り向いてみろ」 「えっ」  振り向くと、僕の大好きな人たちの顔がずらりと見えた。  手にはいろいろな荷物を持って、笑顔で立っていた。

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