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特別番外編 瑞樹31歳の誕生日⑥

「瑞樹、君はここだ」 「えっ、そんな真ん中に?」 「今日の君はBirthday boyだろう? ここに集まった全員が瑞樹の顔を見たがっているよ」  宗吾さんにまた手を引かれた。  躊躇する間もなく座らされると、宗吾さんがお母さんの背中を押した。 「母さんはここへどうぞ」 「まぁ、私がこんな特等席でいいの?」 「あぁ、瑞樹のお母さんだからな」 「宗吾、あなた良いこと言うようになったわね」  その言葉に、胸がぽかぽかする。  宗吾さんには何でもお見通しだ。    本当の僕は……  とても甘えん坊で、お母さんという存在が大好きなんだ。  地上のお母さんの温もりも、恋しく愛しい。 「宗吾、私たちは母さんに続いてもいいか」 「兄さん! もちろんですよ」  お母さんの横に、憲吾さんと彩芽ちゃんと美智さんが並んで座った。  あぁ、憲吾さんが嬉しそうに優しく僕を見つめてくれる。  僕は宗吾さんと真逆のタイプの憲吾さんも大好きだ。  冷静で知識が深い、広樹兄さんとはまたタイプの違ったお兄さんだ。  何でも教えてくれる頼もしい人だ。  美智さんは菫さんのことでも大変お世話になった。  寛容で優しく温厚な女性で、僕の自慢のお姉さん。  そして可愛い彩芽ちゃん。  女の子には縁がなかった僕にとって、君はいつも新鮮な存在だ。  おしゃまな女の子に、芽生くんと一緒にタジタジすることも増えていくだろう。  彩芽ちゃんの成長が楽しみだよ。  皆が自然と円になっていく。  輪になっていく。    そして次は……  宗吾さんと芽生くんどっちが僕の横に座るのかな? 「パパ、あのね」 「なんだ?」 「ボク、いいこと思いついちゃった」  ワクワク顔の芽生くんが宗吾さんに内緒話をすると、宗吾さんも満面の笑みになった。  あぁ、笑顔っていいな。  ほっとする。    ここに座っていると、大好きな人の笑顔がよく見える。  青い空    白い雲  新緑の森  野原  僕の心の原風景。 「よし、これで輪の完成だぞ」  宗吾さんが芽生くんを抱きあげて、僕の隣に座った。 「えへへ、お兄ちゃんのおとなりはパパと取り合いになると思ったから、なかよくしようねって言ったんだ」 「そういうわけだ。お? 芽生ー また重くなったな」 「えへへ、もうすぐ10歳だもん」  笑顔と笑顔が繋がっていく。 「さぁ、乾杯しよう」 「宗吾、頼まれたものよ」 「母さん、サンキュ!」  宗吾さんがお母さんから受け取った柳かごの中には、レモンの蜂蜜漬けの瓶が入っていた。それをグラスに入れて、クーラーボックスの中から炭酸水を取り出して注ぐと、爽やかなレモンスカッシュが出来上がった。 「彩芽ちゃんはレモネードな。芽生はどうする?」 「ボクは大人と同じレモンスカッシュがいい!」 「よし!」  青空の下、シュワシュワとレモンスカッシュの炭酸の弾ける音が聞こえた。  まるで僕の心みたいだ。  次から次ヘと浮かび上がるのは、喜び。  そして幸せだ。 「瑞樹、31歳の誕生日おめでとう。この世に生まれて来てくれてありがとう! 乾杯」  青空に捧げるのはレモンスカッシュ。    雲の上のお父さん、お母さん、夏樹。  僕は31歳になりました。  この世であなたたちと別れて20年以上の歳月が流れました。    いろいろなことがあったけれども……  今の僕は笑顔の中にいます。  僕自身が幸せな気持ちで満ちています。  遠く離れた大沼、函館、軽井沢からもお祝いをしてもらっています。  雲の上のみんなも、乾杯してくれていますか。  届いていますか。    炭酸の気泡のように次から次へと湧き出る、この幸せな気持ちが。 ****  青空を一心に見上げる瑞樹。  瞳には透明の泉が溜まっていた。  あれは幸せの泉だ。  31歳になっても可憐で綺麗で可愛らしい男だよな。  大好きだ。    愛してる。  声を大にして伝えたいが、それは夜のお楽しみに取っておくよ。 「さぁ お弁当を食べましょう。瑞樹の大好きな卵焼きを作ってきたのよ」 「瑞樹、あー コホン、私はおにぎりを握ってみた。どうかな?」  瑞樹を囲んで、どんどん会話が広がっていく。    とても心地よい時間だ。  瑞樹、来年も再来年も、ずっと俺たちは一緒だ。  また丸いレジャーシートを敷いて、こうやって屋外で集おう。    自然の中にいる君は輝いている。    その姿を何度でも見たくなるよ。  愛しい瑞樹。  この空間、この時間が、俺から君に贈るプレゼントだ。

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