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冬から春へ 68
お詫び
「冬から春へ」66が65の話と重複しておりましたので、昨日、差し替えました。大変申し訳ありませんでした。
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「滝沢さん、大変です」
「どうした?」
「30分後の六本木のイベントのショーが決行できないと、今、連絡が」
「えぇ? なぜだ?」
「それが……ダンサーが無断欠勤で」
「おい? どうしてこんな直前まで気づかない?」
「バイトの責任者が出勤確認を怠っていたそうです」
「すぐに現場に行く」
「すみません。いつも被って下さって」
「いや、俺の責任だ」
参ったな。
連日、残業続きだ。
菫さんといっくん槙くんを預かっているというのに、いっくんの幼稚園を手配した後は、仕事が多忙で、毎日終電だ。
ろくに会えない状態が続いている。
完全に芽生のことも含め、家のことは瑞樹に丸投げ状態になっている。
今日は休日出勤で流石に早く帰れると思ったが、無理そうだな。
まずはショーをなんとか決行させ、その後はクライントに謝罪せねば。
本来ならばショーの報告を受けたら帰れるはずだったのに。
「行ってくる」
ネクタイを締め直し、コートを羽織り、冬の街に飛び出した。
ビルの間を抜ける北風に負けそうになるが、そんな時はいつも瑞樹を思い出す。
北国の寒い冬を乗り越えてきた瑞樹を――
瑞樹が乗り越えてきた高い山を思えば、この位、頑張れる。
六本木までタクシーで乗り付け、騒然とする舞台裏に飛び込んだ。
「あ! 滝沢さん、どうしたらいいですか。彼がいないとショーが成り立ちません」
「誰か代打は?」
「それは立ててなかったそうで」
「おいおい」
今回は海外の高級ブランドのバレンタインに向けてのイベントだった。
大型商業施設のアトリウムで、バレンタインギフトの促進のための広告宣伝を請け負っていた。ショー自体の運営は外部に任せていたが、イベント自体は俺の部署のプロデュースだ。
深紅の薔薇を口に咥えて舞うダンサーの真似は、俺には到底出来ないが、一か八か。
「よし、没入感のあるショーにしよう」
「でもダンサーがいないのに?」
「踊るのはお客様にしよう。俺が誘導するから、ショーを始めてくれ」
楽屋の整髪料で久しぶりに髪をオールバックにして、舞台に立った。
観客の女性の中から、直感で踊ってくれそうな女性に薔薇を手渡し「この薔薇を差し上げますので、一緒に踊りませんか」と声をかける。
ひとりでは躊躇するが、大勢なら人は案外、踊ってくれるものさ。
結果、ベルベットのような深紅の薔薇の花につられたのか、音楽に合わせて、皆自由に身体を動かして即席のダンスイベント会場となった。
それなりに盛り上がり、大盛況だった。
女性たちはお礼の薔薇を受け取るために、ブランド店へ向かう。
「急に内容を変えて、申し訳ありませんでした」
「……頭を上げて下さい。確かに聞いていた内容とは違いましたが、素晴らしかったです」
「え?」
「観客を巻き込んで、没入感のあるショーになったおかげで、その後ショップに立ち寄ってくださる方が商品をお買い求め下さり、本日の売り上げが例年の倍になりました」
「え?」
「あなたが、舞台に出て女性を誘ってくれたお陰です。やりますね。自ら登場とは」
「いや、その……とにかく夢中でした。穴を開けるわけにはいかないと」
「お陰でいいショーになりましたよ。一方的に商品をアピールするのではなく、お客様にブランドの世界に踏み込んでいただけて」
「そうですか」
「没入型ショーについて手応えを感じたので、もう少し話したいです。この後、一杯いきませんか」
「え? あ、はい、ありがとうございます」
結局誘いを断れずに、終電を乗り過ごしてしまった。
タクシーも長蛇の列で、俺は時間を潰すために日比谷公園のベンチで冬空を仰いだ。
空気が澄んでいて、星が綺麗だ。
せっかくの日曜日なのに、仕事で終わってしまったな。
しかも、まだ家に帰れていない。
すると胸ポケットの携帯が鳴った。
「もしもし?」
「あ……宗吾さん、今、どちらです?」
「瑞樹、悪い、連絡出来ずに……付き合いで飲みにいって、そのまま終電に乗りそびれた」
「大丈夫ですよ。そうだと思っていました。あの僕、今から迎えに行ってもいいですか」
「え? だが子供達がいるのに……君が真夜中に家を空けるわけには」
「それは……潤が来てくれたので、大丈夫です」
「え? そうか、ついに迎えに来たのか」
「はい、だから車で迎えに行きます」
「日比谷公園の入り口だ」
「了解しました。待っていてくださいね」
「ありがとう」
不思議だな。
出逢った頃の瑞樹は線が細く内気で控えめで、俺がすっぽり守ってやりたくなる存在だった。
フラワーコーディネーターの先生に色眼鏡で見られ、困っていて……
それが心配で心配で……
思い返せば、本当にいろんなことがあった。
その全てを乗り越えた君は、あの頃より積極的で逞しくなった。
それにしても、誰かに迎えに来てもらうなんて、子供の時以来だ。
慣れないことなので、ベンチに座ったもののソワソワと落ち着かない。
大人になると自分のポジションが決まってしまうもんだ。
俺はいつも動く人、守る人、真っ先に進む人という役割だった。
もちろんそれが性分なので、むしろそうしたいくらいだ。
少しも負担には思っていない。
だが時々こんな風に、待つ方になるのもいいな。
これも、瑞樹を愛している証なのか。
愛しい人を守るだけでなく、愛しい人に守ってもらう。
愛って一方的だと、傾きすぎて崩れてしまうのかもしれない。
双方に歩み寄るのがバランスがいいんだな。
俺たちは今日も歩み寄る恋をしている!
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