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マイ・リトル・スター 9

「大丈夫だったか」 「無事か」  柄の悪い奴に絡まれた僕を助けてくれたのは、驚いたことに菅野と木下だった。  僕も驚いたが、菅野と木下も驚いて顔を見合わせていた。  どうして、菅野がここに? 「え? 瑞樹の知り合いか」 「えっと、瑞樹ちゃんの知り合い?」 「ごめん……僕」 「いや、酔っ払いに絡まれるのは、誰にでもあることさ。それより勝手につけてごめんな。ちゃんと飲み相手と合流したのを見届けたら、消えるつもりだったんだ」 「そうだったのか」 「その、なんとなく金曜日の渋谷はごった返しているから心配でさ」 「うん、ありがとう。助かったよ」  帰り際、渋谷に飲みに行くと、菅野にはさらりと話していた。    そうか、心配して付いてきてくれていたのか。  男なのに男に守られて不甲斐ないという気持ちにはならなかった。  そんなことよりも、助けてもらえて良かったと心から感謝している。  菅野のさり気ない気遣いが身に沁みた。  ありがとう――  「しかし、誰だよ? こんな場所に瑞樹ちゃんを呼び出したのは」  そこで木下が真っ赤になる。 「わわわ、す、すまん! 俺だ」 「なんだって? あ、じゃあ……瑞樹ちゃんが待ち合わせしていた人って」  菅野が、不審そうに木下をじろじろと見つめた。  僕はいつまでも恐怖に震えている場合ではないようだ。  まずは、それぞれを紹介しないと。    どちらも僕の大事な人だから。 「菅野、こちらは僕の小学校の同級生の木下。大沼で牧場をやっているんだ」 「おー そうか! なるほど、瑞樹ちゃんの地元の友達だったのか」 「そうなんだ。それで……木下、菅野は僕の会社の同期で、僕の親友だよ」 「うほっ、よせやい照れるぜ。瑞樹ちゃん! 親友だなんて、いや親友だけどさぁ」  照れまくる菅野を、木下が大きくハグした。 「おぉぉ、瑞樹の東京の友達と会えるとは! 感激だぜ」  むぎゅーっと音がするほど、ハグされていた。 「く、苦しい……圧死する」 「ははっ、すまん。そして瑞樹、ごめんな。夜の渋谷って想像よりずっと騒々しいんだな。こんな場所で待ち合わせするなんて、俺が浅はかだったよ。ってか、俺もここに辿り着くまでに、変な奴らに声をかけられて怖かったんだ。もう渋谷から脱出したい」 「へぇ、瑞樹ちゃんの同級生は大きな身体で気弱だな」 「本気で怖かったんだよぅ」    大きな身体でシュンとする木下に、菅野と顔を見合わせて微笑んだ。  あれ? 僕、さっき怖い目に遭ったのに……  今、微笑めた?  以前だったら、あのようなことが起きると、数日は尾を引いて落ち込んでいたのに、早いタイミングで気持ちを切り替えられるようになった。  心が以前よりタフになったようで、嬉しかった。 「じゃあ場所を変えようか」 「頼む」 「どこに行きたい?」 「静かな所がいい。そうだ、菅野さんも一緒に飲みに行かないか」 「え? 俺も?」 「実は瑞樹の東京の親友とも、酒を飲み交わしてみたかったんだ」 「それは光栄だけど……瑞樹ちゃん、本当に俺もいいのか」 「もちろんだよ。菅野さえよければ」 「おー 実はこもりんが今日は実家に帰っていて……だから是非参加したい」「良かった。静かな場所か……じゃあ」  僕たちは渋谷を後にして、銀座に向かった。  銀座のネオンを見上げて、木下が目を細めた。 「へぇぇ、大人な街だな。同じ東京でも全然雰囲気が違うんだな」 「そうだね」  僕の仕事は銀座界隈が多いので、馴染み深い景色にほっとした。 「瑞樹ちゃん、店はどうする?」 「そうだね。木下はどんなお店に行きたい?」 「銀座と言えば、大人の隠れ家的なBARに憧れる!」 「はは、なかなかロマンチックな男だなぁ」 「菅野、あそこは?」 「あ、もしかして、あそこか」  僕たちは東銀座の『BARミモザ』に行くことにした。  大人の隠れ家と言えば、ぴったりだ。    あそこなら柄の悪い奴らはいないだろうし、僕自身もリラックスできる。  蓮くんのお城だから。  東銀座の路地裏。  煉瓦造りのクラシカルなビルの地下に『BARミモザ』はある。  店主は研ぎ澄まされた美しさを放つ、黒豹のような男性だ。 「いらっしゃいませ。あれ、瑞樹くんじゃないか」 「蓮くん、こんばんは、急だけどいいかな?」 「もちろん。今日は同窓会ですか」 「え、どうして分かるの?」 「ふっ、隣の男性から、北国の匂いがするから」  蓮さんがフッと甘く微笑むと、菅野と木下は、何故か頬を染めた。 「はぁぁ、かっこいい。都会の男性って感じで、違う意味でびびるよ。こんな店、初めてで緊張するよ」 「大丈夫だよ。ここは何度か来たことがあって、気兼ねなく過ごせるお店だから」  奥のソファ席に通された。  ゆったりとした空間で、ようやく一息つける。    もう渋谷でのことは、過去のことになっていた。 「何を飲もうか」 「俺、カクテルなんて分からないから、二人と同じものにするよ」 「俺も瑞樹ちゃんのおすすめで」 「え? いいの」 「あぁ」  僕が決定権を持つなんて珍しい。 「じゃあ……このお店の名前のカクテル『ミモザ』にしよう」  海外ではミモザは「リラックスドリンク」として好まれている。  都会の街に慣れない木下に、もう少し寛いで欲しい。 「花の名前のカクテルを選ぶなんて、瑞樹ちゃんらしいな」 「花と同じ色の、あたたかい黄色の色味が、気に入っていて」 「確かに、ほっとする色合いだな。よーし、瑞樹ちゃんと同級生の再会と、友達の輪が広がったことに乾杯しようぜ」  友達の輪が広がったことに乾杯だなんて、菅野は本当によい言葉を知っている。  人懐っこくて、思いやりがある。  そんな菅野が僕は大好きだ。  洗面所に立つと、蓮くんにそっと話しかけられた。 「瑞樹くん、今日は何かありました?」 「え……どうして?」 「……お連れさんが憔悴した顔をしていたので……俺で良ければ相談にのりますよ」  ふと聞いてみたくなった。 「あの……蓮くんだったら、苦手な人に付け込まれそうになったらどうしますか」 「俺だったら不安を見せないようにするかな。俺が理想とする自信に満ちた人を想像してなりきって。瑞樹くんもそういうことがあったら、背筋を伸ばして、気持ち切り替えて」  確かに、いつも縮こまってしまうから余計に付け込まれてしまう。  蓮くんの言葉には一理あった。  人と交流することは、視野が広がるということだ。  出会った人との縁は、大切にしていきたい。 「蓮くん、ありがとう。僕……このお店がますます好きになりました」 「……どうも」  蓮くんは硬派なので頬をうっすら赤く染めて、カウンターの向こうに行ってしまった。  そんな様子も微笑ましかった。

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