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マイ・リトル・スター 10

「実は瑞樹ちゃんは展示会の設営をしている最中に転んで、頭からバケツを被って、ずぶ濡れになったことがあって」 「えぇ、瑞樹がずぶ濡れ?」 「よせよ。もう、あれはかなり恥ずかしかったんだから」 「はは、可愛かったよ」 「可愛いだろうな」  俺の前で繰り広げられる会話が、可愛すぎる! 「そういう菅野は、花の生産地での研修中に迷子になって大騒ぎに」 「あぁぁ、それは言うなって」 「ふふっ」 「ははっ!」  大人な銀座。    落ち着いたBARに連れて来られて最初は緊張でガチガチだったが、目の前で瑞樹とその友人が楽しそうに話す様子に、どんどん気が緩んできた。  あぁ、ほっこりする。  あぁ、酒が旨い。  瑞樹は小学生の時から気立てが良く、誰にでも平等に優しかったので、俺たちはみんな瑞樹が大好きだった。  嫌なことがあった時も、悲しいことがあった時、瑞樹がいつも励ましてくれた。  そっと寄り添ってくれた。  瑞樹自身は、少し人見知りで恥ずかしがり屋なところがあったが、一度打ち解ければ気を許してくれ、意外とドジな一面も見せて、可愛らしかった。  あれからどうしているか。  瑞樹だけが消えた教室で、みんな声に出さずとも、瑞樹の行く末を案じていた。  運動会、遠足、学芸会。  瑞樹がいない行事はどこか物足りなく、卒業式では瑞樹を想ってこっそり泣いてしまった。  そんな瑞樹があの頃のように、目の前で可憐に笑っている。  東京で仲良しの親友を作って、笑っている。  もう、それだけで感無量だ。  東京行きが決まった時、セイや大久保たちから「瑞樹は元気だろうか。あんなに北の国が似合う男なのに、東京でちゃんと息をしているのか心配だ。一緒にやってきた坊やと男性と……今はどんな風に暮らしているのか、代表して見てきてくれ」と頼まれたが、今更、俺が出る幕ではないと断ってしまった。  故郷で再会できるまで瑞樹を積極的に探そうとしなかったのが、俺たちなんだ。  後ろめたい気持ちもあって、行動できなかった。  なのに、神さまは俺たちと瑞樹を繋げてくれた。  まさか仕事場に、瑞樹の方から現れるなんて――  瑞樹は大沼の時と少しも変わってなかった。  いや、もっと幸せそうになっていた。  それは何故か。  何も聞かなくたって一目で分かったさ。  少年からの瑞樹大好きオーラ!  宗吾さんからの瑞樹大好きオーラ!  瑞樹は、めちゃくちゃこの二人に愛されている。  俺は色恋沙汰に疎いが、瑞樹と宗吾さんが愛し合っているのがちゃんと分かった。  信じられる人。  背中を預けられる人。  前向きで力強い人。  宗吾さんは、そのどれにもあてはまるタフな男だ。  俺たちの瑞樹は幸せ者だ。  いや、幸せ者は宗吾さんか……  いや、瑞樹の子供になったあの少年なのか……  良い気分だな。  銀座の酒は最高だ。  おっと、ずいぶん飲んでしまったなぁ。 「木下、木下っ、起きてくれ」 「おい、大丈夫か」 「お客様、大丈夫ですか」  心配そうな声が遠くに聞こえる。  俺……  ほっとしたせいか、酔い潰れたみたいだ。  もう動けん…… **** 「困ったな、全然起きないよ」 「あーあ、いつの間に、一人でこんなに飲んで」 「どうしたらいいかな? これじゃ一人で帰せないよ。ここは地下だし……」  いつの間にか完全に酔い潰れてしまった木下を介抱しながら、途方に暮れていると、上階のテーラーの主、大河さんが駆けつけてくれた。  蓮さんの表情が途端に緩む。 「兄さん、こっちだ」 「あーあ、よりによって、一番大きな奴が潰れたのか」 「そうなんだ。ちょっと大きすぎて俺には……」 「蓮は無理すんな。俺が上まで担いでやるよ」 「え?」  大河さんが、ワイシャツを腕まくりしてネクタイを緩めた。  そして大きな木下を軽々と背負って、階段を颯爽と上がっていく。  その様子に呆気にとられた。  大河さんって、名前の通り、虎のようにしなやかで力強い!  だが地上に連れて行ってくれるのは有難いが、その後、どうするのか決めていない。  そもそも木下がどこに泊っているのか聞いていなかったし、泥酔した木下を一人にしておくわけには……困ったな。 「瑞樹ちゃん、とにかく俺たちも上に行こう」 「そうだね」  木下の鞄を持って駆け上がると、そこには―― 「えっ」  そこには何故か普段着の宗吾さんと憲吾さんが仲良く肩を並べて立っていた。 「えっ、どうして?」 「瑞樹、俺たちが必要だろう?」 「あー コホン、さぁ私の車で送るから乗りなさい」  憲吾さんが車のキーをかざすと、後ろのカーキ色のミニバンのライトが光った。  えっ、こんな車だったかな? 「さてと瑞樹の同級生は、今日は俺んちに回収しよう。最終電車を逃しそうな菅野も家に来いよ」  一体何がどうなっているのか……  そんなことよりも、タイムリーに登場した憲吾さんと宗吾さんの姿が、心強くて……  僕は自然と微笑んでいた。

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