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マイ・リトル・スター 14

  「じゃあ、決まりだ。連休中、車を2泊3日で貸そう」 「兄さん、ありがとう! 貴重な連休にいいのか」  話が弾み出すと、宗吾さんと憲吾さんの喋り方もどんどんフランクになってきた。    僕はさっきから後部座席で、二人の会話にじっと耳を傾けている。  兄弟が仲良く話している様子が、心地よくて。  宗吾さんと憲吾さんが、すっかり気の合う仲良し兄弟になってくれて、嬉しい。 「あぁ、使ってくれ。家族で楽しい思い出を作っておいで」  芽生くんの誕生日に軽井沢旅行をする時、新車を貸し出してくれることで、話がまとまったようだ。 「なぁ瑞樹、そうしてもいいか。この車で軽井沢に行ってもいいか」 「もちろんです」  子連れに優しい乗り心地。  内装も暖かい雰囲気のミニバン     こんな車で旅行できるなんて、僕もワクワクしてきた。 「憲吾さん、ありがとうございます」 「実は変な話だが、車を買う時、皆の顔が浮かんで……その中でも瑞樹の顔が一番輝いていたので、真っ先に使って欲しいと思ったのだ。この車は滝沢ファミリーの車という位置づけだから、遠慮なく使ってくれ」 「僕が…ですか」 「あぁ、嬉しそうに運転していたよ」  実は宗吾さんの車は、積極的に運転したいとは思えなかった。  雪道や緊急時は別として、乗る度に少しだけ違和感を感じていた。  こんな風に思ってしまうのは、よくない。  宗吾さんの車に乗って、僕は何度も救われ、楽しい思い出も生まれた。  なのに……  それは……車自体が……宗吾さんの好みというよりは、玲子さんの強い意思を感じる色で、車中に漂う、そこはかとない玲子さんの残り香に、時々胸の奥がチクチクするせいなのかもしれない。  こんなことは、誰にも絶対に言えない。  玲子さんは芽生くんを産んでくれた人。宗吾さんと玲子さんの結婚生活がなければ、僕は芽生くんに会えなかった。  僕はもう充分幸せになっている。  だから僕だけの永遠の秘密にしよう。  こんな複雑な思いを、もしかしたら憲吾さんは薄々察してくれたのかもしれない。 「宗吾もそろそろ車を買い替えたらどうだ? まぁ、この車があるから急がなくてもいいが、いずれはそうした方がいい」 「あぁ、兄さん、そうするよ、絶対にそうする。瑞樹、その時は一緒に選ぼう」  宗吾さんにも強い意志を感じた。 「さぁ、そろそろ着くぞ」 「木下、起きて……」 「むにゃむにゃ」  マンションに到着しても、結局、木下は起きなかった。  本当に気持ち良く酔っ払ってしまったようだ。 「困ったな」 「よしっ、今度は俺が背負うよ」 「宗吾さん、大丈夫ですか。重くないですか。すみません、迷惑をかけて」  すぐに詫びてしまうのは、僕の癖。 「おいおい、瑞樹は何も悪いことしてないぞ? だから謝らなくていい。なぁに、常日頃から鍛えているから大丈夫だ」  宗吾さんが明るく笑ってくれると、それだけで僕の心は軽くなる。     菅野はずっとあたたかい眼差しで、僕を見守ってくれていた。  これは……心友という居心地の良さなのか。 「瑞樹ちゃんは、木下の荷物持って」 「うん」 「でもさ、本当に俺まで泊まっていいのか」 「菅野、もちろんだよ」 「瑞樹、今日は芽生を預かるから、旧友と親友とゆっくり過ごすといい」 「憲吾さん……」 「なんだ?」 「憲吾兄さんってテキパキしていて、真っ直ぐで……いつも僕が困っている時に颯爽と登場して、カッコいいです。僕……憲吾兄さんに憧れています」    酔った勢いで思わず漏らすと、憲吾さんは真っ赤になってしまった。 「瑞樹ちゃん、いいぞ、その調子だ」 「え? 僕、何かヘンなこと言った?」 「素直な瑞樹ちゃんに、お兄さんはメロメロだなぁ」 「もう、菅野は酔っ払って」 「瑞樹ちゃんもほろ酔いだろ?」 「うん……今日は感情がダダ漏れで恥ずかしい」 「それでいい。いつもいつも一人で抱え込むなよ。いつも天使みたいに清らかじゃなくてもいいんだ。ブラック瑞樹ちゃんでも可愛いぞー」 **** 「もういいかい?」 「まーだだよ」  あ……俺は、またこの夢を見ているのか。  小学生の頃、よく瑞樹やセイたちと、かくれん坊をして遊んだ。  瑞樹はいつもかくれるのが下手で、すぐに見つけることができた。 「瑞樹、みーつけた」 「見つけてくれてありがとう」 「なぁ、あそび方まちがえてないか」 「うーん、僕はかくれるのが苦手だから、これでいいんだよ」  そう言って、かわいく微笑む同級生は、寂しがり屋な少年だった。  人と触れ合うのが好きで、誰にでも優しく、誰もが愛した少年だった。  今日も俺が鬼だ。 「もういいかい?」 「もういいよ」  遠くから瑞樹の可愛い声が聞こえる。 「よーし、探すぞ」  ところが、どこを探しても瑞樹だけがいない。  セイもクラスの友達も必死に瑞樹を探すが、どうしても見つけられない。  早く見つけてあげないと、瑞樹が泣いちゃうのに。    どうして?     どこにいってしまったのか。  会いたいよ。  瑞樹が泣いているのに……  会えないよ。  瑞樹を見つけてやりたいのに……  どうして……  ハッと飛び起きると、見知らぬ部屋のベッドで眠っていた。 「ん……どこだ? ここ?」  キョロキョロ見渡すと、次第に目が慣れてきた。  驚いたことに、俺の足下には瑞樹ちゃんが布団を敷いて眠っていた。  スヤスヤと寝息を立てている。  その穏やかで幸せそうな寝顔に、ほっとした。  セイ……俺たちの瑞樹はここにいたよ。 「もう……いいかい?」  そっと問いかけてみると…… 「……もう、いいよ」    驚いたことに、返事が聞こえた。 「瑞樹、起きていたのか」 「えっとね、木下のイビキで起きちゃったよ」 「ごめん」 「ううん、なんだか楽しかったよ。昔、木下がかくれん坊の最中に押入れの中で寝ちゃって、イビキをかいていたの思い出して……」 「えぇ?」 「ふふっ、木下は隠れるのが上手だったよ」 「瑞樹は……下手だったよな」 「……うん」 「瑞樹、もういいのか」 「うん、もういいよ。僕はここだよ。ここで暮らしている。幸せに暮らしている」  良かった。  本当に良かった。  大切な俺たちの友達は、ちゃんとここにいた。  ここで、幸せに暮らしているのを見つけた!

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