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マイ・リトル・スター 24
「立ち話もなんだから、中に入ってくれ」
「ありがとう。じゃあ、お邪魔するよ」
車から荷物を降ろしていた宗吾さんと一緒に、潤の新居に足を踏み入れた。
実際に見ると、瀟洒な造りで雰囲気があり、本当に素敵だった。
ここは元々洋裁店だったと聞いている。
その名残で、玄関の脇には商品を飾る白いショーウィンドウがあり、内装は白い壁と白木のフローリングの床だった。
まるで、古き良き時代から続く軽井沢の洋館のようだ。
ここで菫さんが小さな洋裁店を開いたら、きっと海外からのお客様や観光客に喜ばれるだろう。
くまさんと潤が力を合わせ短期間でリフォームした内装には、将来を見据えたコンセプトがあり見事だった。
「潤、素晴らしいよ。本当に素敵な家だよ」
「ありがとう。センスの良い兄さんに、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「潤、いい家だな。俺たちも刺激を受けるよ」
宗吾さんも感心している。
心地良い刺激を僕たちは受けている。
潤の頑張りが、ダイレクトに胸に響くよ。
「宗吾さん、瑞樹くん、いらっしゃい!」
そこに菫さんが槙くんを抱っこしてやってきた。
すみれ色のエプロンが、よく似合っている。
自分で刺繍したのだろうか、菫の花の刺繍が裾に散らされていた。
「菫さん、お久しぶりです」
「瑞樹くん、今日はゆっくりしていってね。早速だけどお昼ご飯にしましょう。お腹空いているでしょ?」
「あ、はい」
時計を見ると、もう2時近かった。
軽井沢から東京は渋滞がなければ2~3時間程だが、今日は5時間以上かかった。
「一緒に食べたくて、待っていたの」
「すみません。遅くなって」
「謝ってはダメよ。渋滞は瑞樹くんのせいじゃないもの」
「あ、はい」
僕と菫さんの様子を、宗吾さんが微笑ましく見守ってくれている。
「瑞樹と菫さんは、相変わらず実の姉弟みたいだな」
「そうでしょうか」
「あぁ、テキパキ姉さんとおっとり弟でいいコンビだ」
「瑞樹くんみたいな可愛い弟なら、大歓迎よ」
「俺みたいな弟はどうかな?」
「え、宗吾さんですか。うーん、うーん」
「おーい、即答してくれないのか」
「出来ません」
「くすっ」
和やかな雰囲気に、場が包まれていく。
すると突然床がギシギシと鳴った。
見下ろすと、リビングの床を昨年7月に生まれた槙くんが高速ハイハイで移動していた。
「あ、槙ちゃん、そっちはダメよ。パパ、捕まえてー」
「了解! 槙はすばしっこいな。待て待て」
槙くんはやんちゃで、潤によく似た顔をしている。
やんちゃといえば……
僕は夏樹が赤ちゃんの頃を思い出した。
……
「なっくん、そっちはダメよ。パパ、捕まえてー」
「了解! 夏樹はすばしっこいな。待て待て」
……
夏樹はいたずらっこで、いろんなこと仕出かした。
お正月用に切って並べておいたお餅を端からかじってしまったり、セーターのほつれをひっぱって毛玉になったり、目を離したら机の上に立って、チンパンジーみたいに手を叩いてキャッキャッと笑っていたね。
やんちゃな夏樹は太陽のようにキラキラと眩しくて、僕たち家族は夏樹が生まれたことにより、更に仲良くなった。
……
「パパ、僕がつかまえるよ」
「おぉ、瑞樹、任せた」
「なっくん、おいでー! お兄ちゃんのところにおいで!」
「あぶぶ、あぶー」
……
夏樹は赤ちゃんの時から何故か僕によく懐いて、呼べばすっ飛んできた。
本当に可愛い弟だった。
大好きな弟だったよ。
夏樹、なっくん……
またいつか会おう!
「パパ、いっくんがつかまえるよ」
「いっくん、まかせた」
「まきくん、おいでー! いっくんのところにおいでよ。いっくんはおにいちゃんだよ」
「あぶぶ、あぶー」
あの日の夏樹のように、槙くんがいっくん目がけて、一目散に高速ハイハイする様子に、ふいに泣きたくなった。
もう二度と戻れない懐かしい過去が、こうやって姿を変え、場面を変えて蘇って来るなんて――
過去には戻れないが、今がある。
だから、この瞬間が愛おしいよ。
涙よりも笑顔が似合う場所、それが僕の世界だ。
僕の気持ちに寄り添うように、宗吾さんが肩を組んでくれた。
あたたかい手、あたたかい空気に包まれる。
「瑞樹、俺たちもいずれ、あぁなるんだな」
「え?」
「数年後、わんこを迎えたら、きっと今みたいな光景が繰り広げられるのさ。芽生の弟か妹になるわけだから、俺たちにとって第二子だな」
「そう思っても……いいのですか」
「当たり前だ」
宗吾さんの言葉はいつも直球だ。
だからそんな未来がやってくると、僕も信じられる。
「さぁ、召し上がれ」
「わーい! いただきます」
「ママぁ、ありがとぉ」
「沢山食べてね、おかわりもあるわよ」
「やったぁ」
賑やかな昼食がスタートした。
菫さんが焼いたハンバーグにチーズとトマトとレタスをのせて、パンでサンドした。
「わぁ、こんな大きなハンバーガー食べたことないよ」
「大きなお口で食べてね」
「あい! めーくん、いっちょにあーんしよう」
「うん! よーし、あーん」
いっくんと芽生くんが仲良く並んで、大きな口を開けている。
よく食べて、よく笑って、生き生きと輝いていた。
食後は、お楽しみのデザートタイムだ。
宗吾さんが僕に目配せをする。
「そろそろだな。瑞樹、ちょっと手伝ってくれ」
「あ、はい!」
保冷剤を入れてもらったので、車に置きっぱなしのケーキの箱。
「さぁ、これにケーキをのせて運ぼう」
宗吾さんはいつの間にか大きな紙皿を用意していた。
「あっ、そういうことだったのですか」
「ふっ、そういうことさ!」
「宗吾さん、流石です」
****
いっくんね、めーくんといっしょにハンバーガーをたべたよ。
おおきなおくちで、あーんってしたら、めーくんもおとなりでしていたよ。
いっちょにごはんって、うれちいね。
いっくん、ずっとあいたかったの。
めーくんと、またならんでごはんたべて、あそびたかったの。
あれ?
げんかんから、そうくんのこえがしたよ。
「いっくん、芽生、ちょっと目を瞑っていろ」
「なんだろ?」
「いっくん、目をつぶろう」
「でも、いっくん……ちょっとこわいよ」
だって、これ……ぜんぶゆめだったら……かなしいよ。
「大丈夫。ボクのパパとお兄ちゃんは魔法を使えるから、絶対にいいことだよ」
「まほう?」
「そう、だから、少しもこわくないよ」
「うん」
めーくんがおててをギュッとつないでくれたから、こわくなくなったよ。
「よーし、10数えたら、二人とも目を開けてもいいぞ」
「あい! いーち、にぃ、さーん……じゅう」
おめめをあけたら、そこには……
「えっ!」
「わぁ」
いっくん、びっくりしちゃった。
だってだって、まあるいケーキがはこばれてきたよ。
あ……これって、これって、もちかちて……
「いっくん、芽生、おたんじょうびおめでとう! 今年は合同誕生日会にだぞ」
「いっくん、遅くなってごめんね。一緒にお祝いしよう」
「おたんじょうび! いっくんのおたんじょうび! まだ……いいの?」
「当たり前だよ。今日のためにとっておいたんだ」
びっくりちて、おめめがパチパチしたよ。
うえをむいたら、パパがなきそうなおかおをしていたよ。
だからいっくん、にっこり、わらったの。
パパにもわらってほしくて。
「パパ、うれちいね」
「あぁ……いっくん、すっかり遅くなってごめんな」
「ううん、きょうでよかった。めーくんといっちょにおいわいできて、うれちいもん!」
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