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マイ・リトル・スター 25

 宗吾さんが洋菓子店で購入したのは、大粒の苺がのった伝統的なショートケーキだった。  丁寧に作られた大きなホールケーキからは、甘酸っぱい香りが漂ってきた。  ホワイトチョコレートで出来た楕円形のプレートには、チョコレートでメッセージが書かれていた。 『メイくん、いっくん、おたんじょうびおめでとう!』  そうだった。  火事は、いっくんの誕生日の前日、1月10日に起きてしまった。  潤一家は、命辛々逃げ延びるのが精一杯で、何もかも失ってしまった。  家財一式が燃える中、着の身着のまま逃げるしかなかった。  小さな子供と赤ん坊のいる家族の再建は、容易いものではなかった。  とにかく家族が早く一緒に暮らせるように、皆、全力でサポートした。  早く家族が一緒に暮らせるように、家の再建にばかり気を取られて……  僕たちはみんな、いっくんの誕生日を飛ばしてしまった。  そんな中でも、宗吾さんはちゃんと覚えていてくれた。  だから、こんな素敵なサプライズを…… 「瑞樹、キャンドルを灯してくれ」 「はい!」  潤はもう泣きそうに顔をぐちゃぐちゃにして、菫さんと抱き合っていた。  槙くんは、お兄ちゃんの横に借りてきた猫のように、ちょこんとおすわりしている。  可愛いね。  今はお兄ちゃんが主役だということが分かっているのかな?  いっくんと芽生くんは手をつないで、目をキラキラ輝かせている。  宗吾さんが後は仕切ってくれるから、委ねよう。 「さぁ、みんなでバースデーソングを歌うぞ」 「あい!」 「うん」  潤の新居のリビングに明るく弾んだ歌声が響いた。 Happy birthday to you, Happy birthday to you, Happy birthday, dear  いっくん&芽生くん! Happy birthday to you.  二人が仲良く並んで、ふぅーっとキャンドルを消した。 「いっくん、芽生、おめでとう! 5歳と10歳だな」 「めーくん、おめでとー」 「いっくん、おめでとう」  子供たちは無邪気に抱き合って、互いにお祝いしあって笑っている。    心がポカポカするよ。  僕はずっとこんな光景が見たかった。  本当は……ずっとずっと……夏樹と一緒にろうそくを消したかった。  だから、芽生くんといっくんの交流は、僕の心を温めてくれる。  この光景忘れない。  ケーキは甘酸っぱくて、とても美味しかった。 「ママぁ、ママぁ、ケーキおいちい?」 「うん、うん……とってもおいしいわ」 「よかったぁ、ママ、いちごのケーキしゅきだもんね。そーくん、みーくん、ありがとう」 「どういたしまして! 遅くなってごめんな。俺たちも一緒にお祝いしたくて、今日になってしまったよ」  宗吾さんの大きな手が、いっくんの頭を撫でると、子犬のようにいっくんが目を細めた。  安心した笑顔だね。 「みんなといっしょで、すぺしゃるだよ。めーくんのパパ、かっこいい」 「えへへ、いっくん、ボクもすごくうれしいよ。だれかといっしょにおいわいするの、はじめてだったから」  兄弟のいない芽生くんにとっても、スペシャルな出来事だったね。 「いっくん、遊ぼうよ」 「あそぶ! なにちてあそぶ? ええっと……おえかき? それともサッカー? あっ……」  そこで、いっくんが急に泣きそうな顔をした。  涙を堪えるように上を向くのは、いっくんが涙を我慢しているからだ。 「いっくん、どうしたの?」 「あ……あのね……ごめんなちゃい」 「え? なんで急に謝るの?」  芽生くんが困った顔になった。 「あのね、いっくん、4しゃいのおたんじょうびに、そーくんたちから、もらったサッカーボール……なくしちゃったの。だから……ごめんなしゃい。めーくんとあそびたかったんだけど、もうないの……いっくんのせいなの……」  しょんぼりと項垂れるいっくんを、僕は急いで抱きしめた。  いっくんの気持ち痛い程分かるよ。  いっくんは悪くないのに、なくなってしまったのは自分のせいだと思い詰めて……  その気持ちは僕にもあったから。  お父さんもお母さんも夏樹もいなくなってしまったのは……  全部、僕のせいだ。  そんな風に自分を責めていた日々があったから。 「いっくん、それは違うよ。いっくんのせいじゃない。あの火事はいっくんのせいじゃない。いっくんがなくしたものは、お空のパパが預かってくれているんだったよね」 「みーくん、しょうだった……しょうだったよ」 「よしよし、いっくん、憲吾おじさんを覚えているか」  宗吾さんも僕の横に膝をついて、いっくんの顔を覗き込んだ。 「おぼえてるよぅ。ケンくんでちょ?」 「そうだ、ケンくんからプレゼントが届いているぞ」  そうだ、憲吾さんも覚えていてくれた。  芽生くんの誕生日祝いだけでなく、いっくんにも贈り物を用意してくれた。 「えぇ! ケンくんがいっくんに?」 「いっくんにまた会いたいって言ってたぞ」 「うれちい、いっくんのことおぼえていてくれたの」 「当たり前だ。芽生の弟分だろ?」 「うん、しょうだよ。めーくんはいっくんのおにいちゃんだよ」 「ありがとうな。さぁプレゼントだ」  宗吾さんが渡したのは、丸いカタチの物。 「え、これって、まあるいよ。まあるいのって、もちかちて、もちかちて」 「いっくん、開けて見よう」 「あい!」  中からは、新品のサッカーボールが出てきた。 「わぁ、わぁ、これ、いっくんのボールなの?」 「そうだよ。いっくんのボールだよ」  憲吾さん、本当に良い選択です。  これは、まさに今、必要なものでした。  いっくんの心が、救われます。  僕は憲吾さんがプレゼントにサッカーボールを選んでくれたことに、深く感謝した。 「兄さん、やるな。いっくんの立場になって、今、何が必要かを真剣に考えてくれたんだな」 「はい、そうだと思います。宗吾さんも憲吾さんも、素敵過ぎます」 「瑞樹に褒められると、嬉しいな」 「僕もすごく嬉しいので……」    大切な人の笑顔を見たい。  それが僕の幸せだから、心から嬉しいです。  大切な人のために出来ることは無限ですね。  こうやって一緒に、幸せを作っていきたいです。  僕はもう一人ではないから。  

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