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マイ・リトル・スター 26

 昼食を終えると彩芽が目を擦っていたので、抱っこしてやった。  彩芽はすっかり私に懐いて、抱けばギュッと二の腕にしがみ付いてくれる。 「パパぁ」 「どうした?」 「おねむぅ……」 「そうだな。少しねんねしよう」  彩芽、随分と重くなったな。  子供はどんどん成長していく。  まだまだ抱っこさせてくれるだろうが、女の子だ。  手を離れて行く日を覚悟しないとな。  おっと、その前に私はもう少し鍛えるべきだ。  ペンではなくダンベルを握るべきか。  まだまだ彩芽を軽々と抱き上げられる父親でいたいからな。  そういえば、宗吾は昔から身体を鍛えるのが趣味で、実家にいた頃はよく一人で黙々と……いやニヤニヤと、筋トレしていたよな。  下心のある弟だと、あの頃は馬鹿にしてしまったが、今は少し気持ちが分かる。  大切な人を守れる人でありたい。  それは人としての本能かもしれないな。  法律だけで解決出来ないことが、世の中には沢山あるのに、宗吾との違いを認めることが、当時の私には出来なかった。  自分の価値観を宗吾に押しつけて、争いを生んでいた。  分かり合えない弟だと決めつけてしまっていたが、今の私は……  その違いを受け止められるようになった。  違っていてもいい。  違うからこそ、相手に関心を持てる。  違うからこそ、相手から学べる。  確かに宗吾を認めてからは、私は宗吾から学んでいる。  今もジムに通っているのか。  それとも夜な夜な……  わ、私としたことが、なんと破廉恥なことを!  真っ昼間から妙な妄想をしそうになり、慌てて頭を横に振った。  参ったな。  これじゃ宗吾の脳内と一緒だ。 「憲吾さん、さっきから百面相しているけど、一体どうしたの?」 「美智…… なっ、なんでもないっ」 「ムキになってどうしたの? なんだか宗吾さんみたいだったわよ」 「え? やめてくれ」 「ふふ、あなたは嫌がるかもしれないけれども、あなたたち兄弟は昔から似ている所があったわよね」  意外な所を突かれて、焦った。 「そんなはずない。……いや……でも気になるな。どんな所だ? あぁ、やはり聞かない方がいいか」  理路整然と発言していた私は、どこへ行った?  しどろもどろだ。  だが、案外これも悪くない。    もう少し、心を緩めよう。  頑張り過ぎては、身がもたない。  私はひとりではない。    愛しい妻と娘、母や宗吾、瑞樹、芽生。  大切な人がいるのだから。  相手にもっと寄り添いたい。 「ひとつだけ教えてあげるわ」 「おぉ、似ているのはズバリなんだ?」 「ふふ、かっこいい所よ」 「え?」 「タイプは違くても、憲吾さんと宗吾さんは自分に素直で周囲を大切にする人。だから素敵よ」  面と向かって妻から「かっこいい」と言われるのは、満更でもなかった。 「私は……私らしくでいいんだな」 「えぇ、ありのままの憲吾さんが好きよ」 「あ、ありがとう」  猛烈に照れ臭くなって、銀縁眼鏡の端を摘まんで明後日の方向を向いてしまった。 「ふふ、そんな所も、憲吾さんらしいわ」  すると居間から母の声がした。 「憲吾、電話よ」 「誰だろう?」 「きっと……」  電話に出ると、可愛い声が聞こえた。 「もちもち、ケンくんでしゅか」 「いっくんか!」 「あい! あのね、あのね」 「なんだい?」 「おたんじょうびぷれぜんとありがとうございましゅ。いっくんのボール、いまはおそらのパパがあずかってくれていて、だから、めーくんとあそぶとき、どうしようかなってこまっていたの。だからね、だから……ほんとうにありがとう」  可愛い子だ。  こんなに喜んでくれるなんて、サッカーボールをプレゼントして本当に良かった。  焼け野原にサッカーボールの残骸が転がっている光景が、脳裏に焼き付いていた。  きっととても大事にしていたのだろう。  宝物だったに違いない。  失ったものは二度と戻ってこないが、また届けることは出来る。  この解釈は間違っているのだろうか?  答えなんてなくていい。  私がしたいことをしたまでだ。  いっくんの笑顔は、皆の宝だ。  だから、その笑顔を見るために一役買いたくなった。 「いっくんは一人じゃない。おじさんもそばにるから、安心しなさい」 「わぁ……うれちいよ。いっくん、ケンくんがだいしゅき! またあそぼうね。サッカーもできる?」 「ええっと、それは……練習しておこう」 「わぁい、めーくんとそーくんとみーくんといっちょにしようね」 「分かった。約束するよ」    よし、体を鍛えよう。  やりたいことが沢山ある。  そう思える私は、今、とても幸せだ。

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