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マイ・リトル・スター 27

「美智、東京もいい天気だな」 「そうね、本当に」 「その……ピ……クニックというものに、私たちも行ってみないか」 「えっ?」  美智が顔を曇らせてしまった。  戸惑った表情を浮かべている。    それもそうだろう。  私の口から『ピクニック』という言葉が飛び出すなんて、自分でも驚いているのだから。 「えっと……今、憲吾さん……『ピクニック』って言ったの?」 「あぁ、家族で行ってみたい所があるんだ」 「それは、どこかしら?」 「宗吾が瑞樹と出逢った場所だ」 「私も行ってみたいと思っていたわ。でも今日は車がないあら……」  車か……  確かに私は、どこへ行くのにも車を利用することが多かった。 「分かっているよ。我が家の車は貸し出し中だ。だから歩いて行ってみないか」 「でも私、歩くの遅いから……それに彩芽もいるから……」  ここでまた気付く。  私は今まで自分の歩調で進み、美智に息切れさせていた。  流石に美智が懐妊してからは意識するようになったが……  どうやら美智に悪印象を植え付けてしまったようだ。 「大丈夫だ。ゆっくり歩いて行こう。景色を楽しみながら歩こう。彩芽が泣いたら私が抱っこするし、美智が疲れたらベンチで休めばいい」  美智に話しながら、同時に自分自身に言い聞かせていた。  人生には色んなルートがあっていい。  目的地へ、道中苦しくても脇目もふらず休まず歩けば、最短で到着するだろうが、それでは得られないものが沢山あることに気付いた。  心地よいと感じるペースで歩くと、周りの景色もよく見えるだろう。  今の私は一人でがむしゃらに歩くのではなく、妻と娘と一緒に歩きたい。  美智とお喋りしながら、彩芽と手をつないで。  道はただ真っ直ぐ進むだけが、道ではない。  寄り道、回り道もある。  楽しみたいな。  人生をもっと、もっと―― 「パパ、おそらきれい、はっぱきれいねぇ」 「あぁ、そうだな。ちょっとはっぱをながめてみるか」 「うん」  彩芽ももうすぐ3歳だ。  どんどんお喋りが上手になっていく娘との時間を大切にしたい。 **** 「パパぁ、パパぁ、ボールであそんでもいい?」 「よし、じゃあ、外で遊ぶか。少し歩くと原っぱがあるんだ」 「わぁい」 「ちょっと連れて行くよ。兄さんたちは運転で疲れただろう。ゆっくりしていて」  気を遣ってもらったが、僕も家の周りの様子を見たくなった。  軽井沢の森を散策したくなった。  都会では味わえない新鮮な空気を吸いたかった。 「潤、僕も行ってもいい?」 「瑞樹、俺も行くよ」 「はい、宗吾さん、外に出てみましょう」  僕たちは原っぱに向かって歩き出した。  先頭は潤だ。  迷いない逞しい背中に、目を細めた。  潤がすっかり軽井沢の人だね。  地元に根差して生きているのが伝わってくるよ。  潤が愛している土地を、僕にもっともっと見せて欲しい。  僕の気持ちが通じたのか、潤が笑顔で振り返った。 「きっと兄さんも気に入ると思うよ。実は大沼と少し似た景色なんだ」 「そうなの? それは楽しみだな」  潤の家から原っぱまで徒歩10分足らずだった。  少し歩くと駅前のざわめきは影を潜め、木漏れ日の道になった。    鳥のさえずり、風の音、土の匂い。  なんて、なんて心地よい道なんだろう。  いっくんと芽生くんは時折立ち止まって葉っぱを観察していた。  僕も立ち止まって深呼吸し、空を見上げた。  ビルに囲まれた四角い空ではなく、木々日囲まれた広い空って、落ち着くな。  やがて目的地に辿り着く。 「兄さん、ここなんだ。どう?」 「わぁ……」  思わず感嘆のため息を漏らしてしまった。  新緑の木々に、シロツメクサの野原。  懐かしいよ。  これは僕の原風景だ。 ……  再び幸せになれるか。  それは僕次第だ。  ならば、幸せになれるように歩んでいこう。  宗吾さんの想いに、僕の心を寄せて……  想い寄せ合って、生きていきたい。 ……  宗吾さんと付き合い出してから、僕は心の中でこう誓った。  あの頃の僕は、人と接するのが怖かった。  大切な人を大切にしたいのに、別れが怖くて踏み込めなかった。  だから自分の心を閉ざし、殻に閉じこもっていた。  だが……  宗吾さんと出逢い、芽生くんに導かれ、僕は心の扉を開く決心が出来た。  一歩踏み出してみよう。  歩み寄ることで、この人達ともっと触れ合いたいと願った。 「潤……ありがとう。大好きな風景だよ。ここは僕の心の故郷……」  初心にかえるのは大切なこと。   「瑞樹、俺たちの家も、大自然の中に建てるぞ」 「ですが、駅からも遠くなるし……通勤が大変になりますよ」  宗吾さんは都会育ちなので、申し訳ない気持ちに一瞬なってしまった。  だがそんなマイナスの気持ちは、宗吾さんが爽やかに吹き飛ばしてくれる。 「そうでもないさ! 帰って来たくなる家があれば、どんな場所でも苦ではないよ。それに俺は昔から自然豊かな場所が好きなんだ。ずっと封印していたが……花のような瑞樹と出会って思い出せた」 「お兄ちゃん、僕もこういう場所がいいなぁ。遠くても大丈夫だよ。えっと、そんな時は、自転車に乗ればいいんだよ」 「瑞樹、俺も芽生もOKだぞ」  この道が好きだ。  宗吾さんと芽生くんと歩む道が、僕の道。  こんな時いつもそう思うよ。 「そうですね。実現させたいですね」 「おおぉ、瑞樹がやる気になれば、俺もスイッチが入るぞー!」 「パパ、どうどう~ すこし落ち着いて」 「くすっ、あの、ゆっくりゆっくり進めていきたいですね。過程も楽しみたいので」  少しだけゆっくり歩んでもいいですか。    きっと道中も最高の景色だと思うので、よく見ておきたいのです。

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