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マイ・リトル・スター 28

 公園までの道のりは、遠かった。  だが家族との心の距離は、近かった。  彩芽はまもなく3歳になる。  瑞樹のように、花が好きな可愛らしい女の子に成長中だ。  今日も道ばたに咲く花を見つけては立ち止まり、笑顔を浮かべている。  そんな様子を、私は美智と、目を細めて見守った。  急かすことはない。  今日は休日で、時間は充分あるのだから。  今、この瞬間が何よりも愛おしい。  車だと目的地まであっという間に着けるが、歩くとだいぶ距離がある。  だがその分、ゆったりとした心地になる。 「パパぁ、おはなきれいね」 「あぁ、そうだな」 「このおはなは、なんておなまえ?」 「うーむ」  しまった。  六法全書なら何でも答えられる自信があるが、花の名前はチューリップや向日葵、薔薇、百合など代表的なものしか知らない。道ばたの草花はさっぱりだ。  昔だったら痛いところを突かれると、顔に出さずとも、心の中でムッとしていた。  そうか、私も宗吾と同じで負けず嫌いだったのだな。  だが今は違う。  見栄を張ることなく、素直になって、自分に足りない部分を受け入れたいと心がけている。 「ごめんな。知らないんだ」 「ママも?」 「うーん、見たことはあるお花だけれども、分からないわ」 「しょっか……」  彩芽にがっかりされたかと不安になると、その逆だった。 「えへへ、あーちゃん、うれちい!」 「え? 嬉しい?」 「どうして、嬉しいの?」 「だって、みんないっしょだもん!」  みんな、一緒だから嬉しい。  その言葉を、私はよく知っている。  甥っ子の芽生が、頻繁に使う言葉だ。 (パパとお兄ちゃんといっしょにいるのが一番うれしいんだ)  それから、瑞樹も同じことを言っていた。 (宗吾さんと芽生くんが一緒なので、僕は幸せです)  その言葉が、私の心にもストンと落ちてきた。 「パパも同じだ。ママと彩芽がいるから幸せだ」 「ママも同じ気持ちよ」 「わぁ~ わぁい! わぁい! パパもママもだいしゅき!」  彩芽が私にピョンっと飛びついてくれた。  臆することなく無条件に私を慕ってくれる娘の存在が、どこまでも愛おしい。  もっと変わりたい。  もっともっと家族を大切にしていきたい。  大切にしたいという気持ちは無限だ。  そのために、昨日までの自分がしなかったことをしていこう。  毎日コツコツ続けていけば、きっと変わっていけるから。  成果を求め、対価を求めるのはもう終わりだ。  欲張っては駄目だ。 「パパ、たのしいね」 「あぁ」 「ママ、うれちいね」 「そうね」 「わぁ、このはっぱ、おもしろいカタチだね」 「そうだね、パパも初めて見たよ」 「えへへ、またいっちょだね」  彩芽の言葉はいいな。  単純な言葉の繰り返しなのに、キラキラと輝いている。  楽しい、嬉しい。  そんな感情、大の男がいちいち表に出すことではないと、口を閉ざしていたが、これからは彩芽と一緒に使ってみよう。  シンプルな言葉は素直だ。  子供から学ぶことは多い。  この年だから学べることがきっとある。  運河までの道のりは、想像以上に時間がかかった。  だが彩芽も抱っこと言わず、前を見てどんどん歩いている。 「憲吾さん、彩芽、ずいぶん張り切っているけど大丈夫かしら」 「なぁに、疲れたら休めばいい」  私の返事に、美智が目を丸くした。 「どうした?」 「なんだか、憲吾さんじゃないみたい」 「はは……今の私を見ておくれ」 「そうね。今の憲吾さん、とても素敵よ」 「ありがとう。美智も……その……いつも優しくて素敵だ」 「あ、ありがとう」  慣れない会話にギクシャクするのもいい。  こんな1日があってもいい。  私たち家族は途中で何度か休んで水分補給しては、また歩いた。  公園を目指して、仲良く歩いた。 「あそこだ」 「わぁ、おおきなすべりだいある。あーちゃん、あそぶ」 「あぁ、行ってみよう」  白い鯨を模した滑り台では、子供達が勢いよく滑って遊んでいた。 「パパぁ~ いっしょにすべろう」 「ええ?」 「だめ?」 「よし、やってみるか」 「憲吾さん、大丈夫?」 「挑戦してみるよ」  滑り台は、いつぶりだ?  いつもなら遊具で美智に任せきりだったが、今日は滑ってみたい。 「でも、その恰好じゃ……」 「あぁ、確かに公園着じゃないな。あの運動会の緑のジャージで来れば良かった」 「ふふ、憲吾さんってば、面白いこと言うようになったのね」 「そうか?」  彩芽に続いて滑ると、五月の風が気持ち良かった。  私は、私をもっと好きになる。  そうなろうと、五月の風に誓った。    その後、原っぱで四つ葉のクローバーを探してみた。 「……見つからないな」 「でも、たからさがし、たのちいよ」 「そうだな」  結局一つも見つからなかったが、楽しかった。  それはすぐ傍に、幸せがあるから。 「パパ、あそこでごろんってしたい」 「芝生で?」 「うん」  敷物を持っていないが、芝生は日光を浴びてふかふかだ。  天然の絨毯とはこのことを言うのか。 「よし、寝っ転がってみよう」 「憲吾さん、大丈夫?」 「おいおい、そう心配するな」 「そうね。じゃあ私もやってみようかな」 「美智も一緒に」  私と美智が横になると、真ん中に彩芽が嬉しそうに私たちを見下ろしていた。 「あーちゃんはここがいい。まんなかがしゅきよ」 「あぁ、ここに、おいで」  これは、宗吾と瑞樹と芽生が見た景色なのか。  目を閉じると、野原に寝っ転がる幸せそうな3人の姿が見えた。  きっと軽井沢で、君たちも同じことをしているのでは?  君たちの幸せも、すぐ傍に――  

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