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この先もずっと 2

 お友だちと公園で遊んでいても、ちっとも楽しくなかったよ。    さっきから、ずっと胸の奥が痛いの。  ぎゅって何かつまったみたいに、すごく息苦しいよ。  原因は分かっている。    実は学校からの大切なお便り、丸めてゴミ箱に捨てちゃったんだ。  どうして、あんなことしちゃったのかな。 『二分の一成人式には、生まれてから今までの写真を、アルバムにして持ってきて下さいね。みんなに大切な思い出をお披露目しましょう。今から配るお便りに詳しく書いてあるので、お家の人に帰ったら必ず見せるように」  お便りを読んで、困っちゃった。  生まれてから今まで?  それって……  ママがきらいとか、お兄ちゃんがきらいなんかじゃないよ。  絶対ちがくて、そうじゃなくて……  心の中のもやもやを、うまく言葉にできないよ。  そんな時、休み時間に『困ったことをなかったことにする方法」を教えてもらったんだ。 …… 「うちのママね、テストの点が低いとすごく怒るの。だから丸めて見つからないように捨てちゃった」 「えっ、捨てちゃうの?」 「そうよ! そうすれば、なかったことにできるでしょ」 「そうかなぁ?」 「やだ、メイくんはしたことないの?」 「うん」 「えー もう10さいなのに、ちょっと、いい子すぎない?」 「……」    いい子すぎって、何だろう?  ボクはボクだよ?  いい子とかわるい子とかって、勝手に決められたくないな。  でも丸めて捨てたら……  なかったことに出来るの?  ……やってみようかな。 …… 「芽生、どうした? さっきから元気ないな」 「……ごめん、今日はもう帰るよ」 「え?」 「……実はすごく大事なもの捨てちゃったんだ」 「そうなんだ。それは大変だな。早く拾ってこないと」 「うん!そうするよ」  ボクには捨てたら、なかったことになんて出来なかった。  全然だめだった。  丸めた紙が重たい石みたいになって、胸に入って苦しかった。  ボクは、なんてことしちゃったんだろう。  悩んでいるなら、困っているなら……  正直にお兄ちゃんに相談すればよかった。  お兄ちゃんはいつもボクに寄り添ってくれるのに、どうして相談できなかったのかな?  ごめんなさい。  ボク……  どうか、まだ捨てちゃったこと見つかっていませんように。ううん、捨ててしまったことも含めて話したい。  そう思って、走ってお家に帰ったよ。  どうしよう。  お兄ちゃんにきらわれちゃうかも。  ボク、悪いことしちゃったから。  不安になって、玄関で大きな声で叫んだ。 「ただいま!お兄ちゃん、どこ?どこなの?」  すぐにお兄ちゃんが迎えにきてくれたよ。  やさしい、やさしい笑顔。  お花の匂いにほっとする。 「芽生くん、お帰り、早かったね」 「お、お兄ちゃん……」 「どうしたの?」 「こっち来て!」  涙をこらえながら、お兄ちゃんの手を引っ張って、子供部屋に入った。 「あのね……あのね」 「なにか困ったことがあるんだね」 「……そうなの」 「どうしたの?」 「ごめんなさい。ボク……大事なお便りをわざと捨てちゃったの。でもよくないって思って」  くず箱をバサっとひっくり返すと、涙がこぼれてきたよ。  ぽつり、ぽつりと大粒の雨がふるよ。  その中からくしゃくしゃに丸まったお便りを見つけると、もっと涙が出ちゃった。 「…お、お便り、捨てちゃってごめんなさい。ぐすっ」 「芽生くん、泣かないで。あぁ、大丈夫。大丈夫から心配しなくていい。こうやって教えてくれてありがとう」  お兄ちゃんがボクを抱っこしてくれた。  やさしく、やさしく、やさしく。  ほっとして、また泣いちゃった。 「お兄ちゃんこそ、芽生くんの悩みに気付けなくてごめんね」 「ううん、ボクこそ、ちゃんと話せなくて、ごめんなさい。あのね……二分の一成人式に生まれてから今までの写真をアルバムにしてみんなと見せっこするんだって、でもね、ボク……心配で」  そうだ。  心配だったんだ。  ボクは……  その言葉が見つからなかったから、うまく言えなかった。 「心配だったんだね。それはどうしてかな?」  お兄ちゃんがゆっくり聞いてくれる。 「あ、あのね……生まれてから今までをアルバムにしたら……ママが途中でいなくなるでしょう? ボクはもう大丈夫だけど、みんなが見たら……その、ママのこと悪く思われたら、いやだなって……昔、よく言われたの。こんな小さな子を置いて行くなんて、子供がかわいそうだって。ひどいって」 「そうだったんだね。芽生くん、君は本当に優しいね」 「ううん、それだけじゃなくてね、お兄ちゃんとの思い出を、しっかり守りたいの!」 「僕のことを、そんな風に思ってくれるなんて……芽生くん、ありがとう」  お兄ちゃんも涙を浮かべていた。 「ごめんなさい。ボク……お兄ちゃんが大好きだから、だからっ、どうしていいか分からなくて、困って……」  そこにパパがやってきた。 「芽生、ちゃんと自分の気持ちを素直に言えて偉かったな。よしっ、じゃあ芽生の悩みを解決する方法を、家族で一緒に考えてみないか」  そっか。  ひとりで抱え込まなくてよかったんだね。  ボクにはかっこいいパパと、やさしいお兄ちゃんがいるんだから。

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