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この先もずっと 3
「あの……僕たちに出来ることって何でしょうか」
「そうだな。まず芽生が帰って来たら、プリントを見せて、どうして捨てたかきちんと問いただそう。大事なお便りを捨てるなんて、絶対に駄目だから、ここは厳しくしないとな」
宗吾さんがプリントの皺を伸ばし始めた。
その様子に、僕は困惑した。
確かにしてはいけないことだった。
でもあの心優しい芽生くんが、こんな行動をしたのには絶対に理由があると思う。
アルバム作りへの拒絶ではなく、もっと奥深いものが潜んでいる気がする。
僕にはなんとなく、芽生くんはもうすぐ帰ってくる気がした。
だが、僕が出しゃばった真似をしてはいけない。
それは分かっているが、芽生くんの気持ちに寄り添ってあげたい。
よし、頑張ってみよう、芽生くんのために。
宗吾さんとの絆を信じて――
「宗吾さん、ぼ、僕は……芽生くんにチャンスをあげたいです」
「ん? どういう意味だ」
「このお便りを、元あった場所に戻してみませんか」
「だが、そのままになったら、どうする?」
「いいえ、僕たちの芽生くんはそんなこと絶対にしないです。今頃、とても後悔していると思います」
「瑞樹……」
あぁ、宗吾さんに意見するなんて、心臓がバクバクしてくる。
もしかしたら宗吾さんを不快にさせてしまったかも知れない。
キュッと胸が締め付けられる。
「出過ぎたことを言って、すみま……」
やはり謝ろうと思ったら、いきなり抱きしめられた。
「馬鹿、謝るところじゃないぞ。全く君はいつもいつも……出過ぎたことなんかじゃない。むしろ気付かせてくれてありがとう。俺、芽生を信じることを忘れていたよ。流石瑞樹だな。よし、一度これは元に戻しておこう」
くず箱の中にお便りを戻して、僕たちは子供部屋を出た。
捨てた理由は、芽生くんの口から自発的に聞けたらいい。
そうなれば良いが、聞けなかったら、アルバムを作れなかったら、当日どうなってしまうのか。
あぁ、その場合、どう切り出したらいいのか分からない。
困ったな。
「瑞樹、そう緊張するなって。少し冷えてきたから暖かい紅茶でも飲もうぜ」
「あ、僕がやります」
「大丈夫だ。俺が淹れてやりたいんだ。君の心が落ち着くように」
宗吾さんはスーツ姿のままキッチンに立ち、慣れた手つきでお湯を沸かし、ポットに茶葉を入れた。
どこまでも悠然と構えた様子に、僕の気持ちも少しずつ凪いできた。
「瑞樹、そうだ、こんな時はあの言葉がいい」
「え?」
「なんくるないさー」
「?」
「ははっ、これは沖縄の言葉で『何とかなるさ』っていう意味だ。困難や心配事に直面した時に深刻に考え過ぎず、自然の流れに任せていけばきっと良い方向に行くという楽天的な気持ちを表現しているんだってさ」
「知りませんでした」
「以前、沖縄出身の先輩に教えてもらった言葉なんだ」
僕は、沖縄に行ったことがない。
沖縄は大分よりもっと遠い。
一馬がいる場所を飛び越えていく場所だ。
こんなゆったりとした言葉が交わされる南の国。
僕はそこに、宗吾さんと芽生くんといつか行ってみたい。
「瑞樹も口に出してみろ。きっと落ち着くぞ~」
宗吾さんはまさに「なんくるないさ」の精神で、どんな時もゆったりしている。僕なんて芽生くんが帰って来た時のことを考えて緊張しているのに。
よし、まずはカタチから、言葉から元気をもらおう。
「はい、宗吾さん、なんくるないさ……ですね」
「そうそう、それでいい」
口に出してみると、南国特有の穏やかさと自然の力を信じる心が込められているようで、心がポカポカしてきた。
日常で困難に直面した時、焦らずあわてず、ゆったりとした心持ちで物事を受け入れるって、大切なこと。
これからの僕に必要なことだ。
やがて芽生くんが帰ってきた。
大きな声で、玄関から僕を呼ぶ。
その張り詰めた声に、芽生くんが深く後悔していることがすぐに分かった。
しっかり話を聞いてあげよう。
芽生くんから自発的に言えた時、それは成長に繋がる。
芽生くんは僕の手をぐいぐい引っ張って、子供部屋に入った。そしてくず箱を勢いよくひっくり返して、丸めたプリントを自分の手で取りだした。
そこからは芽生くんはもう何も隠さず、しっかり自分がしたことを反省し、
どうしてそんなことをしてしまったのか、理由も話してくれた。
感動してしまった。
その理由が『優しさ』から派生していたことを知り、僕の視界も滲んでいく。
こんなに小さな芽生くんに、こんなに大切にしてもらえて、僕は本当に幸せな場所にいる。
「芽生くん、皆で考えてみよう。芽生くんにはパパと僕はついている。芽生くんの悩みを解決できるよう、アイデアを出し合ってみよう」
「うん、相談したい。お兄ちゃん、パパ、お願い! 相談にのって」
「もちろんだ」
「喜んで」
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