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この先もずっと 4

 芽生の優しさに、心が震えた。  瑞樹と出会えず俺だけで芽生を育てたら、こんな風には育たなかっただろう。  大人でも驚くほど、深く優しく相手を思いやれる子だ。  芽生は、玲子のことを、自分を置いていった残酷な母だと恨むことはなく、ただひたすらに遠くにいってしまったが『ボクを生んでくれた、大切なママ』だと想っている。  その健気な優しさは、まさに瑞樹譲りだ。  瑞樹の存在に、改めて感謝するよ。  生みの母を恨むより、離れていても幸せを願える人の方が清々しい。  何が正しいとか、何が悪いんじゃない。  俺は今の芽生が誇らしいよ。  だからこそ、芽生の悩みを打開する方法を考えてやりたい。  しかし、そうすんなりは浮かんでこない。 「うーん、うーん、うーん、こまったなぁ」 「……どうしたらいいでしょうか」 「そうだなぁ、悩んでいても始まらないよな」 「宗吾さん、まずは芽生の赤ちゃんの時の写真を見るのはどうでしょうか」 「いいのか」 「もちろんです。赤ちゃんの芽生くんに僕も会いたいです」 「そうか、じゃあ……確かここに」  玲子が置いていったアルバムを、思い切って出してみた。  そこには玲子が芽生を抱っこしている写真もあれば、俺が抱っこしている写真もあった。その中でも圧倒的に多かったのは、玲子が不在がちの俺に見せようと毎日撮り続けた写真だった。  玲子は写ってないが、母の愛情を感じる写真ばかりだ。 「あ……そうか、芽生、こういうのはどうだ?」 「なぁに?」 「芽生だけの写真集はどうだろう? 芽生のこと、いろんな人がカメラで撮ったよな。それを集めてみないか」 「宗吾さん、それ、素敵ですね。セルフタイマーでない限り、写真には撮った相手が必ず存在します」 「だろう。どれも愛情を込めて撮影したものばかりだ」 「わぁ、それ……いいかも」 「僕も芽生くんだけを撮った写真、沢山持っています」 「お兄ちゃんも沢山撮ってくれたよね。あとおじいちゃんも!」 「そうだ! 大沼のお父さんにもあたってみよう」 「はい!」  芽生しか写ってないが、大勢の人の愛を感じるアルバム。  それならば……芽生の健やかな成長が一目瞭然だし、芽生が心配するようなことは起こらない。 「そうと決まったらアルバムを買いに行くぞ」 「今からですか」 「あぁ、芽生が気に入った物に入れてやりたいんだ。これは芽生のアルバムだからな」  親が作ったアルバムじゃなく、芽生が作るアルバムにしたかった。    俺たちは銀座にやってきた。 「ここならきっと気に入るものがあるぞ」  ビル全部が文房具屋だ。  きっと好みのものが見つかるだろう。  アルバム売り場に行くと、大小様々なアルバムが売っていた。 「あ、あそこ……虹みたい」 「え?」  まるで虹のように、カラフルな表紙のアルバムがずらりと並んでいるコーナーを見つけた。 「芽生が好きな色はあるか」 「あるよ! これ、これがいい!」 「四つ葉のクローバー色か」 「うん、僕はこの色が大好きだよ」  瑞樹と出逢った日の原っぱ色。  瑞樹に渡した四つ葉のクローバーの色。  これは俺たちにとって幸運の色だ。 「僕もこの色が大好きです」 「えへへ、これにボクが選んだ写真を貼ってアルバムにするよ」  涙はもう吹っ飛んだ。  不安も消滅した。  今はやる気に満ちて、ワクワクしている。 「芽生は芽生らしくが一番だ」 「うん、僕……皆と一緒にしないとってばかり考えていたよ」 「本当にそうですね。出来ないことがあっても、出来ることがあるのですね。芽生くんの道は輝いていますね」  瑞樹が花咲くように微笑めば、それで俺たちは幸せになる。 ****  宗吾さんの発想、流石だ。    芽生くんの写真には、姿は見えなくとも、芽生くんを愛している人が存在する。  それを集めていけば、とびきりの愛溢れるアルバムになるだろう。  芽生くんにはその相手がしっかり見えているのだから、それでいい。  家族写真に拘らずに、もっと視野を広げて……  広く大きく。  僕にはない発想の自由さを持つ宗吾さん。    そんなあなただから、僕はまたあなたに恋をする。    積み重なっていく恋は、どこまでもどこまでも――  僕の人生になくてはならない人、それが宗吾さんだ。  帰り道、大沼のお父さんに電話をして事情を話すと、芽生くんの写真をアナログで手焼きしたものを、二分の一成人式のお祝いに送ったと言われた。  ポストを見ると、届いていた。  タイムリー過ぎる。  お父さんが撮った芽生くん、  運動会、軽井沢、北海道、いろんな場所で芽生くんが笑っている。  お父さんの愛情が滲み出る素晴らしい写真ばかりだ。 「くまさんは流石プロのカメラマンだ」 「これ、これを表紙にしたい」 「いいね、いい笑顔だよ」  それは、芽生くんが僕たちに向かって走り出した瞬間を撮ったものだった。  満面の笑みで両手を開いて、僕の胸に飛び込んでくる瞬間だ。 「お兄ちゃん、だいすき!」  写真から、芽生くんの声が聞こえるよ。 「ありがとう、芽生くん」  その晩、三人でどこにどの写真を貼るか作戦会議。  小さな吹き出しを宗吾さんが作ってくれ、キャッチコピーを考えてくれた。  流石、広告代理店勤務、冴えている! 「大きくなったな !この笑顔ずっと一緒に」 「成長の瞬間は未来への宝物だ」 「小さな一歩は、大きな思い出」 「大切な『今』を永遠の『いつか』へ」 「芽生が笑うたび、アルバムが輝く」    どれもいきいきして、写真を引き立ててくれるものばかり。 「お兄ちゃんも考えて」 「そうだね……えっと」  僕も頑張ってひねり出した。 「こんなに小さかったんだよ」 「寝てるだけで天使」 「毎日が冒険だね」  芽生くんは僕たちが生み出すキャッチコピーを、満面の笑みで受け止めていた。  芽生くんの成長アルバムは、無事に完成した。  芽生くんは心からほっとした様子で、スヤスヤと眠りについた。  この先も今回のような悩みや戸惑いが増えていくかもしれない。  そんな時、どうか一人で抱え込まないで欲しい。  僕と宗吾さんはいつまでもいつまでも君の味方だよ。

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