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この先もずっと 6
今日は芽生くんの『1/2成人式』当日だ。
四年生への進級時、学校から配布された年間予定表で知った。
聞き慣れない行事だったので内容を調べると、その歴史は1980からと意外と古く、成人の2分の1の年齢である10歳を迎えるのを記念して、小学校の体育館で行われる式典で、子供からの感謝の言葉や、合唱や合奏、アルバムを作ったりと盛り沢山の内容だった。
なるほど……
僕の時代にはまだ浸透してなかったようで、なかったな。
でも……もしもあったら、きっと深く悩んでしまったに違いない。
10歳という年齢は、僕にとってあまりに過酷だったから。
だからこそ……芽生くんには、僕が出来なかったことを沢山経験して欲しい。式典を通じて、自分の生い立ちから今までをしっかり振り返り、未来に希望を抱いて欲しいな。
そんな風に明るく考えていたが……
「瑞樹は何を着ていく?」
宗吾さんにいざ問われると、ハッと我に返った。
今回は僕が出る幕ではないのでは?
式典は僕が踏み入ってはならない場所では?
周りの人にとって……僕は異質では?
そう思った途端、心に急ブレーキをかけてしまった。
「あの……僕は行かないので、今回は二人で楽しんできて下さい」
頑なになってしまった。
意固地になっていたのかも。
本当は芽生くんの成長を式典の中でも感じたかったくせに。
宗吾さんが「何も心配することない。一緒に行こう。君にも芽生の成長を式典を通じて見て欲しいよ」と何度も誘ってくれたが、僕は首を横に振るばかり。
その後、式典の内容を更に詳しく調べていくうちに、今の時代、開催に批判的な意見もあることを知った。
確かに家庭環境はそれぞれ違うので、子供が傷つくような行事はしない方がいいのかもしれない。それに幸せなエピソードと写真がある子ばかりではないので、配慮は必要なのかも。
それでも……僕は芽生くんには出席して欲しかった。
芽生くんが今までの自分を振り返る良い機会だから。
そういう節目があってもいいと思った。
振り返ることで、今がもっと好きになれる。
僕はそう考えているよ。
僕も芽生くんの成長を心の中で振り返ってみたよ。
出逢って間もない芽生くんは、まだやっと5歳になったばかり。
ちょうど今のいっくんくらいで、あどけない坊やだった。
パジャマのボタンを掛け違えてしまうので、いつも手伝ってあげたね。おねしょをしちゃって、一緒に夜中に洗ったね。沢山の夜を、一緒のお布団で過ごしたね。
ぬいぐるみが大好きな可愛い男の子が、もう10歳だなんて。
時が過ぎるのは早いね。
芽生くんと知り合ってからの僕は、毎日幸せを更新できているんだよ。
それはね、芽生くんと宗吾さんと一緒だから。
芽生くんの成長をずっと見守っていくよ。
アルバムを一緒に作った時に、芽生くんの成長を感じた。
くまさんが送ってくれた写真には、芽生くんの喜怒哀楽が収められていた。
泣いている顔、悔しがっている顔、嬉しい顔、恥ずかしい顔、いろんな芽生くんがいた。
僕には撮れなかったシーンを、くまさんはちゃんとカメラに収めてくれていたのだと知り、感動した。
芽生くんはその中から嬉しそうな笑顔だけをアルバムに入れると思ったら、目が覚めるような言葉を放った。
「泣いている顔もふくれている顔も、全部ボクだもん! だから全部入れるよ」
そうか、そうなのか。
10歳の僕の泣いている顔、悲しい顔、暗い顔……
二度と思い出したくないと思っていたけれども、そうじゃないんだね。
あれも僕だ。
僕は僕を葬っては駄目だ。
何故なら……
また芽生くんが強い言葉を放ってくれた。
「だって、生きてるってそういうことだよね」
その通りだね。
生きているって、そういうことだ。
毎日嬉しいことばかりじゃない。
悲しいこと、泣きたいこと、沢山ある。
それがあるから、笑顔が生まれるんだね。
僕はそうやって生きてきた。
そこからの芽生くんの誘い……
「お兄ちゃん、あのね、ボクなりにいろいろ考えたんだよ。先生が言っていたけど、今日は家族に感謝の気持ちを伝える日なんだって。ボクはね……どうしてもお父さんとお兄ちゃんのふたりにいて欲しいよ。ふたりそろって、ボクの発表を聞いてほしいの。お兄ちゃん、だから来て」
参ったな。これは、断れない。
僕も行きたい。
本音を言えば行きたかったんだ。
芽生くん、ありがとう。
芽生くんのおかげで、僕はまた新しい僕になれるよ。
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