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この先もずっと 7
二学期になると、小学校で『1/2成人式』に向けての準備が始まったよ。
「皆さん、今日の授業では、ここまで育ててくれた家族に感謝のお手紙を書きましょう」
育ててくれた家族?
それって、いつからいつまでのこと?
ボクの場合、ちょっとむずかしい。
ママは3歳の時までしかいなくて、それからはパパとお兄ちゃんが育ててくれているんだよ。
それとね、パパとお兄ちゃんは、男の人同士だけど、みんなのパパとママのように仲良く暮らしているんだ。
うまく説明できないけれども、これだけは自信を持って言えるよ。
ボクはお兄ちゃんが大好き!
どんなことがあってもずっとずっと大好き!
だけど……
周りのお友達はお兄ちゃんのことを、年が離れたボクの兄弟だと思っているから、まだちゃんと話せていない。
お兄ちゃんのこと、大学生だと思ってるんだよ。
どうして話せないのかっていうと……
いつまでもこびりついているイヤな思い出があるから。
七五三の時、とてもイヤな言葉をわざと聞こえるように言われて、ボクもお兄ちゃんもすごく傷ついたんだ。僕はどうしていいのか分からなくなって走り出し、神社の階段から転げ落ちてしまって、助けてもらえたから無事だったけれども、大ケガするところだった。
あの時、お兄ちゃんをとても心配させてしまったよね。
傷つけてしまったよね。
あの日のことを思い出すと、今でもぞっとする。
ボクも痛かったけど、お兄ちゃんの心はもっと痛かったはず。
『1/2成人式』で、もしもまた、あんな風に好き勝手言われたらどうしよう?
いろんな人が来ているから心配だよ。
世の中は、あんな人ばかりじゃないって信じているけど、やっぱり不安で、だから家族へのお手紙、書き出しから迷ってしまった。
お兄ちゃんのことも書きたいけど……
でも、書かない方がいいよね。
お父さんにあてたお手紙にした方がいいよね。
「お父さんへ……」
うーん、みんな、どんどん書いているのに、ボクの鉛筆は止まったまま。
「芽生くん、どうしたの? 何か困っているの?」
「先生……なんでもないです。あの……これ宿題にしてもいいですか」
「いいわよ。ゆっくり考えてみて」
「あの……先生……このお手紙で一番大事なのはなんですか」
「そうね、家族がどれだけ自分にとって大切な存在かを伝えることかしら」
夜、パパからお兄ちゃんが『1/2成人式』に来ないと聞いて、胸の奥がズキンとした。
それって絶対にボクのせいだ。
ボクが学校で家族への感謝のお手紙を書く時に迷ってしまったの、お兄ちゃんにきっと伝わってしまったんだ。
お兄ちゃんは小さいことにも気付いてくれる人だから。
どうしよう、どうしたらいい?
ボクに出来ることが、なにかあるはず。
こんな時は……
そうだ、おばあちゃん!
「パパ、明日は放課後、おばあちゃんちに行ってもいい?」
「あぁ、もちろんいいよ。母さんに電話しておくよ」
おばあちゃんに困っていること、迷っていることを正直に相談したら、優しくボクの肩を抱いて教えてくれたよ。
「芽生、いっぱい考えたのね。あのね、皆と同じ道を進んでゴールするだけがすべてじゃないのよ。時には後戻りしてもいいから、芽生の気持ちを大切にしてね。芽生が信じた道を切り開いていくと、芽生にしか見えない景色が見えるわよ。どんな風に書いても間違いではないから、今の芽生の、心のままに書いてご覧なさい」
「うん!」
そっか、ボク……まわりの目を気にしすぎていたみたい。
ボクにとって大切なことを隠そうとしちゃった。
「芽生、勇気を出して」
「おばあちゃん、ボク、お手紙書き直すよ!」
誰に何を言われても、ボクはボクの家族が大好き。
そんな思いを込めて手紙を書き直すと、どうしてもお兄ちゃんに来て欲しくなった。
「二人ともいないと、ボクの家族じゃないんだよ。だからお兄ちゃんにも来て欲しいよ。お願い」
心を決めると、素直になれた。
僕の言葉に、お兄ちゃんが優しく微笑んでくれた。
だから、ボクはうれしくなったよ。
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「そうと決まれば、瑞樹も早く支度をしないとな」
「え? あ、そうですね。僕だけまだこんな恰好で恥ずかしいです」
「いやいや、そのままでも可愛いぞ」
「うんうん!」
一気に明るい気持ちになった。
さっきまで気落ちしていたのに……
芽生くんの明るさ、宗吾さんの広い心が、いつも僕を変えてくれる。
「宗吾さんがスーツなら、僕もスーツの方がいいでしょうか」
「そうだなぁ、瑞樹はこのジャケットはどうだ? 柔らかい雰囲気で似合っているし」
「そ、そうでしょうか」
「うんうん! お兄ちゃんかっこいいよ」
芽生くんは僕が参加することが嬉しいらしく、ずっと笑顔を浮かべている。
「お兄ちゃん、僕の発表聞いてね。待ってるよ。じゃあ行ってきます」
芽生くんを見送って、ふぅと息を吐いた。
まさか芽生くんから積極的に誘われると思わなかったので、まだ胸がドキドキしている。
「瑞樹、なんだか芽生の成長を感じるな」
「はい、あんなにはっきり来て欲しいと言ってくれるなんて」
「芽生は俺と瑞樹の子ってことさ。優しさは瑞樹譲りで、行動力は……」
「宗吾さん譲りですね」
宗吾さんが腕を広げてくれたので
僕の方から宗吾さんの胸に飛び込んだ。
「俺たちの子のお祝い会だ。二人で参加しようぜ」
「はい!」
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