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2025年お正月特別SS 幸せな年明け②
「ううう、寒いな」
「はい、かなり冷え込んでいますね」
「寒いよ~」
玄関の扉を開けると、いきなり北風が吹き抜けてきたので、ガタガタと震えてしまった。
「芽生くん、ちゃんとマフラーを巻こうね」
「うん」
僕は腰を屈めて、マフラーを巻いてあげた。
「ありがとう。これ、あったかいねぇ」
「よく似合っているよ」
大沼のお母さんが編んでくれたマフラーは、芽生くんが好きなオレンジ色だった。
「そういう瑞樹も、ほらっ」
「あ……はい」
今度は宗吾さんが、僕にマフラーを巻いてくれる。
「瑞樹はやっぱり白が似合うな」
「うん! うん! お兄ちゃんは白って感じ」
宗吾さんと芽生くんから注がれる愛情があたたかくて優しくて、幸せな心地になる。
「俺は青が似合うだろ?」
「お父さんもいい感じだよ」
「宗吾さんは濃紺が精悍な印象でとても似合います」
なんだかんだと褒め合って、じゃれ合って。
こんな時間が愛おしい。
僕たちはマフラーに顔を埋めて外に出た。
「どこへ初詣に行きますか」
宗吾さんのことだから原宿まで電車に乗って森永神宮に行くと思ったが、駅とは逆方面に歩き出したので、違うようだ。
「森永神社と思ったが、あそこはかなり混んでいただろう。お賽銭もレジャーシートの上で、どうも風情がな」
「確かに、大行列でしたね」
「今年はもっとゆっくりゆったり歩みたくてな。だから近くの神社にしよう」
「いいですね」
ゆっくりゆったり……
とてもいい言葉だ。
僕もこの幸せな時間をゆっくりゆったりと味わいたい。
駅とは逆方向の道には、閑静な住宅街が続いていた。
「静かですね。あ、神社が見えてきました」
「あそこが氏神様なんだ」
「氏神様?」
「あぁ『初詣は氏神様へ』と昔から言われるだろう」
「あ、はい、知っています」
氏神様とは『自分たちが住む地域を守られる土地の神様で、地域の暮らしに根ざした氏神様に感謝を伝え、新しい年の無事を願うのが、日本ならではの初詣の慣習』と、会社の研修で習ったのを思い出した。
鳥居をくぐると、境内は思ったよりも活気があった。
みなラフな恰好で寛いだ表情を見せている。
冬の空気は相変わらず冷たく、北風が頬に当たるが、それ以上に境内が近所の人たちでほのぼのと程よく賑わっている様子に、心が温まった。
「お父さん、お兄ちゃん、お参りしよう!」
宗吾さん、芽生くん、僕の順番で並んで手を合わせた。
大人達の間に入ると、まだまだ小さな少年だ。
芽生くんは小さな手を合わせながら、真剣な顔で何かを祈っている。
その様子を僕と宗吾さんは、そっと見守った。
「芽生、何をお願いしたんだ?」
宗吾さんが尋ねると、芽生くんは少し照れながら教えてくれた。
「内緒。でも……ちょっとだけ教えてあげるね。あのね、僕の家族が元気で幸せに過ごせますようにって」
その言葉に宗吾さんと僕は、同時に小さく笑った。
「それって俺の願い事と全く同じだぞ」
「あの、僕もです」
「わぁ、心がおそろいだったんだね」
心がおそろい?
あぁ、芽生くんの言葉は、いつだって僕を幸せな心地にしてくれる。
「新年早々、幸先がいいな」
宗吾さんが、僕と芽生くんに肩をまわして快活に笑うと、開放感で一杯になる。
「やった!」
「いいですね」
僕も芽生くんもつられて笑う。
端から見たら本当に些細なことだが、これが僕の幸せだ。
「あら、芽生くんじゃない?」
声をかけられたので振り返ると芽生くんと幼稚園が一緒だったコータくんとお母さんが立っていた。
「まぁ、背が伸びて大きくなったわね」
「あ、コータくんママ!」
「お久しぶりです」
「三人も相変わらず仲良しそうで、よい新年を迎えられたのですね」
その質問に僕たちは即答した。
よい年明けだと胸を張って言えるから。
「はい!」
「はい!」
「うん!」
あっ、また声が揃った。
「芽生、あそぼ」
「うん!」
コータくんと芽生くんが遊びだしたので、僕たちはコータくんママと軽く立ち話をした。
「やっぱり氏神さまっていいですよね」
「そうですね。落ち着くもんですね」
「我が家は毎年ここにお参りに来ているんですよ」
「俺たちは初めてですが、地域に根差した場所に和みましたよ。なっ、瑞樹」
「はい、久しぶりにお会い出来ましたし、ここにして良かったですね」
「あぁ!」
宗吾さんの決断力、判断力は今年も冴えている。
「お父さん、コータくんとおみくじ引いてもいい?」
「あぁ、いくらだ?」
「100円だよ」
芽生くんとコータくんがワクワクした顔で走って行く。
幼稚園の頃の二人を思い出し、微笑ましくなった。
二人ともスクスクと成長しているね。
真っ直ぐに真っ直ぐに。
「わぁ~ 大吉だったよ!」
「良かったね。良い言葉がいっぱい書いてあるね」
「これで今年は絶対にいい年になるよ!」
屈託のない笑顔が輝いて、新春の喜びを心から感じた。
「瑞樹、芽生の予感は当たるよ」
宗吾さんが耳元で囁く。
僕を幸せな方向へ導いてくれる言葉を――
「はい、いい年にしましょう」
「瑞樹、今年もよろしくな。来年も再来年もずっとずっと傍にいろよ!」
ストレートな言葉に真っ赤になると、傍に立っていたコータくんママが大きく頷いた。
「なんだか青春ドラマのようだわ~」
「は、恥ずかしいです」
「宗吾さんと瑞樹くんらしいわ。二人に会えてフレッシュな気持ちになれたわ。ありがとう!」
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