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二月、家族の時間 6
今日はバレンタインに販売するアレンジメントの打ち合わせが長引き、退社するのが遅くなってしまった。
時間ギリギリに放課後スクールに駆け込むと、芽生くんが笑顔を浮かべてくれたので、ほっとした。
「芽生くん、ごめんね。遅くなって」
「大丈夫だよ。宿題をしていたから」
「偉かったね。帰ろうか」
「うん」
それにしても、都会の木枯らしは凍えるようだ。
今日は朝から晩まで何度もアレンジメントの試作品を作って打ち合わせをしたので、腕が怠く疲れていた。だからスーパーに寄る気力がなく、夕食はこんな時のために買い置きしていた冷凍チャーハンで済まそうと考えた。
「お兄ちゃん、すごく寒かったね!」
「うん、先にお風呂に入って温まっておいで」
「お兄ちゃんも一緒に入ろうよ」
「え?」
「だって、とても疲れた顔をしているよ」
参ったな。
最近の芽生くんは勘が鋭く、宗吾さんのように僕の気持ちを見抜く。
「じゃあ、そうしようかな」
「うん、それがいいよ。お父さんも帰ってきたらすぐ入りたいと思うから、まとめて入っちゃおうよ」
明るく元気に誘ってくれて嬉しいよ。
仲良くお風呂に入り、身も心もポカポカになった所で、スマホにメールの着信があった。
「だれから?」
「えっと、あ、潤だよ」
「わぁ、ジュンくんからなんだろう?」
「あっ……」
スマホの画面を見つめたまま、固まってしまった。
潤からのメールには、楽しげな写真が添えられていた。
いっくんが小さな鬼のお面をつけ、満面の笑みで豆を投げる様子。そして、その様子を菫さんと槙くんが優しく見守っている。鬼のお面をつけた潤にいっくんが抱っこされている写真もあった。
「節分、今年はいっくんも鬼になってくれて楽しかったよ! 兄さんのところも盛り上がった?」
えっ、節分……
節分って明日では?
明日、恵方巻きを買って豆まきをしようと予定を組んでいたが……
今日はスーパーに寄らなかったから、気付けなかった。
慌ててネットで調べると……
『節分は「季節を分ける」という意味があり立春の前日を指しますが、この立春の日付は固定されておらず、地球の公転周期によって変動します。そのため、節分の日付も変わることがあり、2025年の節分は2月2日になります』
そうなのか。
僕は何も知らなかった。
自己嫌悪でズドンと落ち込んでしまった。
キッチンに目を向けると、そこにはレンジで温めようとしていた冷凍チャーハンがぽつんと置かれていた。
季節の行事を大切にしていたのに、今日に限って、これで済まそうとするなんて最低だな。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
芽生くんの真っ直ぐな瞳に、嘘はつけなかった。
ため息混じりにスマホを見せると、芽生くんも驚いていた。
「えっ、節分って今日だったの?」
「うん、今年は特別で2月2日が節分だったんだ。忘れていて、ごめんね」
肩を落とすと、芽生くんも申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「お兄ちゃん、今日は忙しかったし、疲れていたんだからしょうがないよ。ぼくも気付かなかったし」
「でも……」
その時、玄関の扉が開いた。
「ただいま!」
聞き慣れた声に、僕と芽生くんは同時に顔を上げた。
「宗吾さん!」
「お父さんだぁ! お帰りなさい」
玄関に駆けつけると、宗吾さんがコートを脱ぎながら微笑んでいた。
「どうした? 二人とも浮かない顔をして」
「……それが」
宗吾さんは僕と芽生くんの顔を交互に見つめた。
「どうした? ちゃんと話してくれ。困ったことがあるなら、家族で解決しよう」
「あの……ごめんなさい。僕……節分が今日だと知らなくて」
「お兄ちゃん、ボクだって忘れていたんだから、気にしないで」
宗吾さんは腕組みして少し考えた後、ふっと明るく朗らかに笑ってくれた。
「よし、だったら、今からやろうぜ!」
「え? でも……恵方巻きは売り切れかもしれないし……買いに行くのは……寒いです」
弱気な言葉しか出てこなかった。
「売り切れなら作ればいい。寒いなら行かなきゃいいさ。今更買いに行くのも面倒くさいしな~」
僕と芽生くんは顔を見合わせた。
「……今から作るって? でも……材料が……」
「なぁに、冷凍庫にあるものでなんとかなるさ!」
そう言って宗吾さんは腕まくりをして、冷凍庫を覗き込んだ。
「お、北海道から送ってもらった帆立があるぞ。サーモンもあるな」
「あ……」
「だから海鮮巻きでいいんじゃないか。キュウリもあるし、海苔もあるだろ?」
「あ……はい」
「よし、瑞樹、急いでご飯を炊いてくれ」
「はい! じゃあ卵焼き作ります」
「いいな、頼む」
宗吾さんの流れに乗れば、怖いものはない。
僕も気持ちを切り替えよう。
手際よくご飯を炊き始め、卵焼きを芽生くんと一緒に作った。
「みんなで作れば、楽しい節分になるさ」
「はい!」
僕の心はどんどん軽くなる。
節分を忘れてしまいショックを受けたが、宗吾さんが「やろう」と言ってくれたことにより、上手に気持ちを切り替えられた。
「瑞樹、忙しくてイベントを忘れてしまうのは、誰にでもあることさ。だからもう気にするな」
「はい、あの……以前の僕でしたら『もう遅い』と諦めてしまうところでした。でも宗吾さんが『今からやろう』と言ってくれたので、前向きになれました」
さぁ、僕たち家族の節分が始めよう。
冷蔵庫や冷凍庫の中の具材ををかき集めて、即席の恵方巻きを作った。
お店のように綺麗でもなくいびつだったが、わいわい声を掛け合い賑やかに楽しく作った恵方巻きには、手作りのぬくもりが宿っていた。
「わぁ、ぐるぐる巻きだね」
「すごく大きいのが出来ましたね」
「おいしそうー!」
家族と一緒に楽しい時間を過ごすことにより、自分を責める気持ちが和らいでいくよ。
「今年は方角は、こっちだってさ」
三人で同じ方向を向き、無言で恵方巻きにかぶりついた。
何があっても大丈夫だ。
大切な人と一緒なら、それだけで幸せだから。
家族の絆は、こうやって日々深く強くなっていく。
日々の出来事はすべて成長の糧。
節分は『厄を払い新しい福を呼び込む日』ではあるが、大切なのは日付ではなく家族で一緒にすること。だからこれから先も、特別な日に限らずに、家族と過ごす和やかな時間を大切にしたい。
僕はここにいる。
僕には宗吾さんと芽生くんがいる。
だからこそ芽生え、花咲くこの気持ち――
今、この一瞬がとても愛おしい。
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