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二月、家族の時間 7
「お父さん、お兄ちゃんおやすみなさい」
「おやすみなさい、芽生くん」
芽生くんは年明けから、子供部屋の自分のベッドで眠ることが多くなった。
今日もそうするようだ。
少し寂しいが、成長を感じられる出来事だった。
「瑞樹、俺たちももう寝よう」
「あ、はい」
僕は暫くの間、布団の中でしみじみと幸せを噛みしめていた。
今日の節分を通して「遅れてもいい」という考え方を、宗吾さんと芽生くんから学んだ。今までは何かを忘れたり、物事のタイミングを逃してしまうと、いつだって「もう遅い」「もう無理だ」と諦めていた。
思い返せば、僕は10――歳の時から、いつもそういう風に考える人間だった。それはどんなに努力しても願っても、結局どうにもならなかった寂しい過去があるから。
けれども宗吾さんと芽生くんと一緒に過ごすうちに、少しずつ変わってきた。「遅くなったって、やり直せばいい」と宗吾さんは言ってくれるし、芽生くんは「お兄ちゃんなら絶対にできるよ」と、まっすぐな瞳で見上げてくれる。
今日、うっかり忘れてしまった節分も、そうだ。
宗吾さんの機転と芽生くんのやる気のおかげで、恵方巻きを手作し明るい気持ちになれた。冷凍チャーハンで済ませようとしていた夕食が、手作りの温かい食事に生まれ変わったる瞬間は、世界が輝いてみえた。
何気ない日常も、発想の転換、工夫次第で特別な意味を持つ。
「……まさに福来たるですね」
寝言のように呟くと、もう眠ったはずの宗吾さんから返事があった。
「ん? 瑞樹、今……何か言ったか」
宗吾さんが寝返りを打って、僕を見つめた。
「起こしてしまいましたか」
「いや、まだ寝てなかったよ。節分を回想していたのさ。今日は楽しかったな」
「はい。あの……宗吾さん、ありがとうございます」
僕の方から顔を寄せて、宗吾さんに口づけてしまった。
そういう気分だった。
「ど、どうした。君の方から求めてくれるなんて」
「僕だって男です。宗吾さんが欲しくなります」
「え、ええぇ……ええっ」
何を考えているのやら……
顔を赤くして動揺しまくる宗吾さんが可愛い。
「くすっ」
彼の広い胸にコトンと顔を埋めると、深く強く抱きしめてくれた。
「瑞樹はどんどんいい男になっていくな」
「そうでしょうか」
「あぁ、潔くてかっこいい」
「宗吾さんと芽生くんが追い風になってくれるので、僕は変われます。今日よりも明日、明日よりも明後日……未来を向いて歩んでいけます」
「瑞樹……」
宗吾さんが僕の首筋に顔を埋め、チュッと吸ってきた。
ビクッと過敏に反応してしまう。
「瑞樹は俺の福だよ」
その何気ない言葉が胸の奥にじんわりと広がった。
「えっと、福ですか」
「あぁ、福は内の福だ」
宗吾さんに顔を覗き込まれたので、そっと目を伏せた。
「えっと……光栄です」
「だから福を今から愛でようと思う」
宗吾さんの大きな手が頬に触れ、そのまま親指でゆっくりと唇を撫でられた。
僕の身体は期待に満ちたように震えている。
どうしよう。
宗吾さんが欲しい。
「恵方巻きも食べたし、次は福を抱きたい」
腰を抱かれると、下半身同士が密着して、照れ臭くなった。
僕たちは男だと認識する瞬間。
それにしてもお互いにいつの間に、こんな状態になっていたのか。
熱を帯びたキス交わすと、あっという間に身も心も溶かされていく。
節分の夜は、まだまだ終わりそうにない。
今から宗吾さんに抱かれるから。
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