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三月、和みの時間 1
今日は三月三日、雛祭り。
いっくんが通う保育園では、『ひなまつりお遊戯会』が催される。
「パパ、パパぁ、きょうはぜったいにみにきてね」
朝起きてからいっくんが何度もオレの所にやってきては、可愛い顔で頼んでくる。
大丈夫だ。
頼まれなくたって駆けつけるよ。
「もちろん行くよ。いっくん、頑張れ」
「うん!」
出会った時のいっくんは、赤ちゃんのように幼く、早生まれのせいか同級生よりもずっと小さかった。
そんないっくんも四月から小学生になるので、今日は卒園前の最後の大きなイベントだ。
いっくんの成長をこの目に焼き付けよう。
「じゃあ行こうか」
「うん! ママは?」
「あとから槙と来るよ。大丈夫か」
「うん! パパといっしょ、うれしい」
相変わらずのパパッ子で可愛いな。
ついデレッと目尻が下がるよ。
「はっぱさんになるの、みててね」
「あぁ!」
いっくんは幼い頃から自然が大好きで、特に葉っぱに目がない。 紅葉した葉を拾っては大事に持ち歩き、青々と茂る夏の葉を見ては「きれい!」と目をキラキラと輝かせていた。
そんないっくんが今日のお遊戯会で演じるのは、なんと『葉っぱの妖精』だ。保育園の先生が考えてくれたオリジナルの劇は「森の小さなようせいたち」というタイトルで、いっくんは緑色のマントを翻しながら、森を元気にする葉っぱの妖精として舞台に立つそうだ。
きっと先生がいっくんのために用意してくれた役なのだろう。
葉っぱの妖精になるいっくんか。
楽しみだな。
かっこいいだろうな。
可愛いだろうな。
オレの自慢の息子だから!
保育園の門を潜ると、いっくんがオレを真っ直ぐに見つめてきた。
いつもより少し大人っぽい顔つきだ。
「パパ、ぼく、がんばるよ」
「え?」
「どうしたの? パパ」
「あぁ、がんばってこい」
「うん! ありがとう」
いつもより、ぐっとお兄ちゃんだ。
火事のショックも、1年という年月をかけて少しずつ癒えてきたのかもしれない。
焦らなくていい。
自然のままに――
無理だけはしないで生きて欲しい。
その後、菫と槙も合流し、オレたちは幕が上がるのをワクワクと待った。
やがて照明が輝き、いっくんが堂々と舞台に登場してきた。
いつもオレの影にかくれるような繊細で儚げな子供だったいっくんが、お腹から大きな声を出した。
「ぼくはー はっぱのようせいだよ。もりをきれいにするおてつだいをするよ!」
先生が作った葉っぱの冠を被って一生懸命に動き回る元気な姿に、思わず胸が一杯になった。
そして劇のクライマックス。
いっくんは大きな声で、最後の台詞を言った。
「はっぱは、みんなを守るよ! いつも、はっぱはきみたちのそばにいるよ。だからさみしいときは、そらをみあげて、じめんをみつめて」
その言葉に会場から温かい拍手が沸き起こった。
新緑、紅葉、落ち葉……
四季折々……
葉っぱはいつも人の傍で見守ってくれる。
そんな存在にオレもなりたい。
劇が終わると、いっくんがオレたちの元に一目散に走ってきた。
「パパ、ママ、まきくん、ぼく、がんばったよ」
「あぁ、すごくよかった!」
「いっくん、すごかった」
「にーに、にーに」
「えへへ」
オレが抱き上げてやると、いっくんは満足げに笑った。
「ぼく、おおきくなってもずっとはっぱがすきだよ」
四月からは小学生。
新しい生活が始まっても、いっくんの葉っぱへの愛は変わらないだろう。
「あと、あのね、パパ……」
「ん?」
「いっくんはね、ずっとぱぱがすき」
甘い砂糖菓子のような言葉を耳元で囁かれ、胸が詰まる。
頬が緩む。
いっくんのおかげで、毎日が幸せだ。
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