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三月、和みの時間 2
前置き
こんにちは、志生帆海です。
長らく連載をストップしてしまい申し訳ありませんでした。
3月23日の春庭に参加したため、その原稿や発送準備に追われていました。
BOOTHでご予約いただいた皆さま、春庭で直接お迎え下さった皆さま、ありがとうございます。BOOTHではまだ頒布中ですので、二十歳になった芽生の短編集、よかったら表紙だけでも見ていただけたら嬉しいです。またフリーペーパーも置いてありますので、お気軽にダウンロードして下さい。二十歳の芽生のキャラシートとSSが一本入っています。
もう3月が終わりそうですが、ずっと書きたかったひなまつりの話を更新します。
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三月になってすぐ、俺の家に桃色の手紙が届いた。
兄さんの文字だったが、差出人は姪っ子の彩芽の名前になっていた。
じゃあ、この手紙は彩芽からなのか。
ついこの前まで赤ん坊だった姪っ子から手紙をもらうようになるなんて、女の子の成長は早いなと感心した。
ところが……
兄さんから先日ひなまつり会に誘われたので、おそらく『ひなまつり会にきてね』という内容が書かれていると思ったのだが……
「んん?……これは……一体何と書いてあるんだ?」
封筒から取り出した便箋をまじまじと見つめて、頭を抱えてしまった。
彩芽が一生懸命書いたのは理解できるが、まだまだ三歳児の拙い文字だ。平仮名のような記号のような不思議な文字が沢山踊るように並んで、解読が難しい。
「えっと……あや……お?」
隣で一緒に覗き込んでいた芽生も、思いっきり首を傾げる。
「父さん、えーっと、たぶんこれは『あやめ』だと思うよ。そこまでは読めるけど……そのあとはちんぷんかんぷんだよ~」
「んん、おじ……ちゃん? いや、違うな……」
俺たちが頭を抱えて悩んでいると、瑞樹がそっと手紙を覗き込んできた。
「あの、僕も見ていいですか」
「もちろんだ!」
瑞樹は優しい眼差しで、一文字一文字を大切そうに指でなぞり、
「あの……おそらくですが『おじちゃんたち、 ひなまちゅりに きてね。 おやちゅ いっぱい あるよ』と書いてあるようです」
「えっ、本当か、どこにそんな文章が?」
「くすっ」
瑞樹ははにかむような笑顔で手紙の文字を指差した。
「この文字は『ひ』なので、たぶん『ひなまつり』で、『お』の後に、キャンディの絵があるので、たぶん『おやつ』のことでしょうね」
「なるほど! すごい読み取り術だな」
「お兄ちゃんってすごい!」
俺と芽生がしみじみと感心すると、瑞樹は肩をすくめた。
「すごくはないですよ。花屋の店頭では、よく小さなお子さんがこんな文字でメッセージカードを書くことがあるので慣れているだけですよ。それに子どもの書きたい気持ちは溢れていますので、慣れると案外読めるものです。あと……夏樹もこんな文字をよく書いてくれましたし」
「そうか、なるほど……瑞樹はやっぱり頼りになるな」
「いえ、そんな。でもお役に立てて嬉しいです」
すずらんの花のように可憐に笑ってくれる。
いくつになっても透明感のある男、それが俺の瑞樹だ。
「ひなまつり会なんて我が家には縁のない行事なので、楽しみだな」
「はい、新鮮ですね」
「おやついっぱいあるって! ワクワクするよ」
俺たちは顔を見合わせ、微笑みあった。
俺たちの日常は、今日も小さな幸せで彩られている。
ひなまつり当日、実家を訪れると、仏壇のある和室に今時珍しい七段飾りの立派なひな人形と、桃の花が春の訪れを告げるように飾られていた。
「コホン、どうだ?」
「豪華だな。去年までは親王飾りだけだったのに」
「それはだな、コホン、彩芽が二人だけじゃ寂しいというから、つい。それに父さんの部屋も賑やかになるし、お前達を呼ぶ口実にもなっていいかと」
堅物だった兄さんは、娘に相変わらずメロメロのようだ。そして亡き親父や俺たちのことまで考えてくれているのが、じんわりと伝わってきた。
「そうだな。こうやってみんなが集まるきっかけになるし、いいな」
「宗吾もそう思うか」
「あぁ!」
そこに背後から可愛い足音が聞こえてきた。
「そーごおじちゃん!」
彩芽が桃色のワンピースを着て駆け寄って来たので、高く抱き上げてやった。
「招待してくれてありがとう。お雛様、綺麗だな」
「あーちゃんは?」
「え?」
「あーちゃんもきれい?」
「あっ、あぁ! かわいいよ」
「えへへ、おてがみよんでくれた?」
「あぁ、もちろん」
「んー ほんと? ちゃーんとよめた?」
「あ、あぁ」
たじたじになっていると、瑞樹と芽生に笑われた。
「あ、ごはんのおじかんですよ。めーおにいちゃん、おかしいっぱいあるよ」
彩芽に手を引かれ、瑞樹と芽生も一緒に居間に向かった。そこには手作りのちらし寿司やはまぐりのお吸い物が所狭しと並び、桜餅やひなあられも山盛りになっていた。
「これ全部、母さんと美智さんが作ったのか。すごいご馳走だな」
「ふふ、男性群はいっぱい食べてね」
「もちろん!」
瑞樹は目を細めて幸せな食卓を眺めていた。
「どうかしたか」
「宗吾さん、ひな祭りって本当に春らしいですね」
「あぁ、春の訪れを感じるよな」
「僕は春が好きです」
「俺もさ」
俺たちの様子を母さんと美智さんと兄さんが、慈愛に満ちた眼差しで見つめてくれている。
「やっぱり家族が集まるってのって、和やかなでいいな」
「はい、ここは日だまりのようですね」
子供達の無邪気な笑顔に囲まれながら、春の気配に包まれる。
こんな穏やかな時間を、この先も君と重ねていくよ。
****
食事の後、芽生くんと彩芽ちゃんは仲良くお絵描きを始めた。普段は身体を動かすことが好きな芽生くんも、年下の従姉妹に付き合って、すっかりお兄ちゃんの顔になっている。
僕は少し離れた所から、ひな壇を静かに眺めていた。並んだお内裏様とお雛様の横の桃の花を見つめていると、懐かしい思い出が込み上げてきた。
「瑞樹、今日はひな祭りよ。お祝いをしましょう」
お母さんの優しい声が聞こえてくる。
お母さんは毎年ひなまつりには桃の花を飾り、ちらし寿司を作ってくれた。そして、その様子をお父さんが嬉しそうに眺めていた。
ある日、思い切って聞いてみた。
「あのね、うちには女の子がいないけどいいの?」
「まぁ、そんな心配しないで。男の子でも雛祭りのお祝いしてもいいのよ。我が家では家族みんなで楽しむイベントとして楽しみましょうよ。お祝いごとは何度でもしたいわ。瑞樹と夏樹のママになれたのだから」
お母さんの幸せそうな笑顔、また見たいな。
少しだけ寂しい気持ちがよぎると、芽生くんが話しかけてくれた。
「お兄ちゃんの家にも、ひな祭りってあった?」
「うん……あったよ。お母さんが、毎年桃の花を飾ってくれていたんだ」
「へぇ、素敵だね」
芽生くんは明るい笑顔を浮かべた。
「じゃあ、うちも何か飾ろうよ! そうだ、来年はお兄ちゃんと父さんとボクで、ひな祭りっぽいことしよう!」
僕は一瞬驚いたが、すぐにふっと表情が緩んだ。
「そうだね」
桃の花を飾るだけでも、甘酒を飲むだけでもいい。
大切な人たちと過ごす時間はきっと、母が作ってくれた思い出の続きになるだろう。
「だから、まずは今日のひな祭りを思いっきり楽しもうよ」
「うん、そうしよう!」
芽生くんの言葉に、僕も気持ちを切り替えていく。
「瑞樹、ぼんやりしてないでこっち来いよ! この桜餅、めちゃくちゃ美味いぞ。月影寺の小坊主が飛んで来そうなほどだ」
「くすっ」
宗吾さんが笑いながら手招きしてくれる。
僕は小さく息を吐き、微笑んだ。
ぼんぼりの柔らかい灯りが、亡き母との優しい記憶を照らし、今の幸せをそっと包み込んでくれていた。
ひなまつり。
それは僕にとって、かけがえのない思い出のひとつだ。
それを僕の家族と紡いでいこう。
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