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三月、和みの時間 4
前置き
スターギフトの3月のお礼SSを更新出来ました。遅くなって申し訳ありません。今回は上京する日の瑞樹と広樹の様子。つまり瑞樹の過去編です。
ずっと書きたかった大切なシーンです。切なくもあたたかい、優しい光景をどうぞ。
以下、本編の続きです。
****
「今日はお邪魔しました」
「母さん、兄さん、また来るよ」
玄関の木製の引き戸を開けると、冷たい風が吹き込んできて、思わず身体を竦めてしまった。
「あらあら、瑞樹、じっとして」
宗吾さんのお母さんがそう言って、僕の首元に手を伸ばした。
「え……?」
驚く間もなく、ふわりとマフラーが外され、優しく巻き直される。
「ちょっと緩んでいたわよ。風邪を引いちゃうでしょう?」
宗吾さんのお母さんの手の温もりが、ふわりと僕の頬に触れた。
優しくて懐かしくて、胸がきゅっとなる感触。
「あっ、あの……」
こんな時、僕は本当に不器用な子供のようになってしまう。
それでも、少し戸惑いながらも、素直にお礼を言った。
「ありがとうございます」
「いいのよ。瑞樹はもう家族なんだから」
微笑むお母さんの瞳はどこまでも穏やかで、でも、どこか切なくて。
僕はうまく言葉にできない気持ちを、そっと飲み込んだ。
「気をつけて帰るのよ。桃の花、大事にね」
「はい、ありがとうございます」
僕は小さく頷きながら、そっとマフラーに触れた。
あたたかいな。
これは恋しかった母のぬくもりが、優しく、優しく僕を包み込んでくれる。
早春の夜風は冷たい。
でも心の中は春の温もりで満たされている。
帰宅後、僕は桃の花を玄関のカウンターに飾ろうとした。
淡い桃色の花びらが、僕の家にも春の訪れを告げてくれそうだ。
「……きれいだな」
ぽつりとこぼした僕の声に、宗吾さんが微笑む。
「俺たちの家にも春が来たな」
「はい」
そこに芽生くんがやってきて……
「お兄ちゃん、桃の花、そこに飾るの?」
「うん、ここなら家に帰ってきた時にすぐに目に入るし、長持ちするから」
「うーん、でもでも……」
芽生くんが何か言いたそうだ。
「芽生くんはどこがいい?」
「あのね、そのお花、リビングに飾ったらだめかな?」
「リビング?」
「うん。せっかくのお花だし、みんなが見える場所のほうがいいと思う。そのお花もここじゃ寒くて寂しいって」
僕は芽生くんの言葉にハッとして、手に持った桃の花を見つめた。
淡い桃色の花びらは、僕に甘えるように寄り添っていた。
「そうだね。せっかくだから、みんながいる場所に飾ろうか」
「やったぁ!」
僕が花瓶を手に取ると、芽生くんはにっこり笑って、リビングへと先に歩き出した。
ずいぶん背が伸びたね。
どんどん逞しくなっていくね。
その後ろ姿を見つめながら、心にじんわりとした温かさが広がった。
僕もすっかりこの家の一員だ。
変な遠慮はしないで、もっともっと溶け込んでいきたいな。
この家で過ごす時間は、いつも優しく満ちていく。
僕は明るい気持ちで、芽生くんのあとを追った。
****
リビングのテーブルには、瑞樹が飾った桃の花が優しく咲いていた。
芽生が「綺麗だね」と明るく笑うと、瑞樹も「僕たちの家にも春が来たようだね」と穏やかに答える。
その光景は、とても幸せに満ちていた。
温かいお茶を飲みながら、他愛もない会話が続く。
窓の外には夜の静けさが広がり、家の中には心地よい団らんの時間が流れていた。
やがて芽生があくびをし、「もう、ねむいよ。おやすみなさい」と部屋へ向かった。
リビングには、俺と瑞樹の二人だけが残った。
芽生の部屋の灯りが消えたのを確認してから、そっと瑞樹の手を取った。
「桃の花って、いい香りがするんだな」
「……そうですね」
手の先から、瑞樹の優しい温もりが静かに伝わってくる。
一方、俺の胸の鼓動は、少年のように早くなっていく。
「君は桃の花が似合うな」
瑞樹はくすぐったそうに少し肩をすくめた。
少し熱っぽいその温もりを送ると、瑞樹は頬を染めて目を伏せた。
「……瑞樹は俺の春一番だ」
「な、なんですか」
「そのまんまの意味さ」
俺はそっと瑞樹のこめかみにキスをした。
いつの間にかリビングには桃の花の香りと夜の甘さが満ちていた。
瑞樹の頬が熱くなるのを確認してから、瑞樹をそっと胸元に抱き寄せた。
ふわりと安らぎが広がっていく。
「瑞樹からも花の香りがするな。なぁ、今日はベッドに行こう。君の香りに触れたい」
「……はい」
瑞樹が耳朶を染めて応じてくれる。
甘く穏やかな時間は、いつもこんな風に流れるようにやってくる。
男同士であることなど関係なく、ただお互いを想い合い、愛し合う夜。
桃の花の香りが、二人の温もりにそっと寄り添っていた。
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