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春風にのせて 4

 第三部の式典も無事に終わり、壇上の照明がゆっくりと落ちていく。  誰もいなくなったホールで、僕は袖をまくりをし慎重に桜の枝を花器から外す作業に取りかかった。  後輩の風間くんも、テキパキとした動きで手伝ってくれている。  朝とは違って、彼の動きはぐっと自信に満ちていた。    それが先輩として嬉しかった。 「風間くん、今日、よく頑張ったね。お疲れ様」  労うと、風間くんははっとした顔でこちらを見た。 「い、いえ! 瑞樹さんがすごすぎて……見てるだけで……」 「いや、君もよく動いた。僕はちゃんと見ていたよ」  その一言に、風間くんの頬が赤くなった。 「さぁ、あと少しだ」 「はい!」  桜の枝を束ねながら、新人の頃の自分の姿を懐かしく思いだした。  先輩の優しい労いの言葉に、いつも助けられていたな。 「典の花の生け込みは緊張する場面も多いが、達成感があるね」 「充実した時間でした」  風間くんは小さく頷いてから、晴れやかな笑顔を浮かべた。  疲れていたが、いい笑顔だった。  すべての片付けを終え、僕は会場を後にした。  僕の帰る場所へ――    マンションの玄関の扉を開けた瞬間、ふわりとカレーの匂いが鼻をくすぐった。    そのいかにも家庭的な匂いに、1日の疲れが吹っ飛んだ。  僕は足を止めて、カレーの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。 「お兄ちゃん、おかえりーっ!」  パタパタと可愛い足音が廊下を駆けてくる。  そして、小さな体が勢いよく僕の腰に飛びついた。 「芽生くん、ただいま!」  あぁ、自然と笑みがこぼれるよ。  芽生くんの頭に手を置いて、頭をそっと撫でた。    こんなに全力で出迎えて懐いてくれるなんて、嬉しい。 「瑞樹、帰ったのか。お疲れさん!」  リビングから宗吾さんの声も聞こえる。  芽生くんと宗吾さんの明るい声が、今日一日の緊張と疲れを優しく解きほぐしてくれる。  そのままリビングに顔を出すと、早く着替えておいでと言われたので、素直に従った。スーツを脱いで部屋着になってからもう一度リビングに入ると、大盛りのカレーがテーブルに並んでいた。湯気が立って美味しそうだ。 「今日はカレーだぞ。腹ぺこだろ?」 「はい、ペコペコです」 「瑞樹が言うと、可愛いな」 「そ、そうですか」 「いい感じだ。俺もペコペコだ」 「パパは赤ずきんちゃんの狼みたいだよ」 「え、バレたか」 「くすっ」  和やかないつもの会話と、宗吾さんのエプロン姿に目を細めた。 「お兄ちゃん、お花、上手に出来た?」 「がんばったよ」 「やったね!」 「うん、芽生くんと宗吾さんからの手紙のおかげで頑張れたよ」  バッグの中からお弁当箱の包み取り出して、結び目に挟んでおいた箸袋を取り出した。  そして箸袋の裏のメッセージを、再び読み返した。  今日何度目だろう。  休憩時間の度に読んだ。  昼間、控え室でこの手紙を読んだ時は、思わず目頭が熱くなってしまった。  ──言葉って、贈りものなんだな。  誰かの手を通って、時間を越えて届く想い。  声を届けられない時でも、紙の上でなら伝えられる心のぬくもり。 「嬉しくて何度も読み返しました。言葉で気持ちを届けるって素敵です」    宗吾さんは「そうだな」と頷き、芽生くんは手をあげて喜んだ。 「わーい、だから言ったでしょ。あそこにお手紙書いて大正解だったね、お父さん!」 「あぁ、芽生のアイデアは最高だ」  そっと手紙を胸に当てて、目を閉じた。  あたたかい場所、あたたかい人、大好きな人!  僕も二人に優しく前向きになれる言葉を届けていこう。  そして、優しい心を贈り合って生きていこう。  

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