1778 / 1863
春色旅行 1
春のある日、芽生くんとマンションの郵便受けを覗くと、薄い桜色の封筒が届いていた。
「わぁ、キレイな色! だれあてかな?」
芽生くんが宛先を見て、ニコッと笑った。
「あっ、これは、お兄ちゃんにだよ」
「ありがとう」
最近僕宛に手紙が届くことが多く、なんだか嬉しい。
あの日届いたくまさんからの手紙には、うれし泣きしてしまった。
今日は一体誰からだろう?
歩きながら差出人を確認して、ドキッとした。
『長崎 春色フェスティバル実行委員会』と書かれている。
心臓が一瞬、ドキッとした。
僕は封筒を手にしたままキッチンのテーブルに腰を下ろし、少し震える手で封を切った。中から出てきたのは、シンプルな便箋に書かれた丁寧な手書きの文字だった。
『この度、貴方様の作品が見事入賞されましたことを、心よりお祝い申し上げます』
「えっ!」
僕はその文字を何度も何度も読み返した。
信じられない気持ちと嬉しさが一気に押し寄せてきて、思わず手で顔をってしまった。
あまりにも突然のことで、上手く言葉が出なかった。
「瑞樹、どうした?」
その時、宗吾さんの声が、後ろから聞こえた。
どうやら僕たちと時間差で帰宅したようだ。
「あ、あの……これ…」
僕はその手紙を、宗吾さんに見せた。
「ん?」
宗吾さんは手紙に目を通すと、少し驚いたように顔を上げた。
「おぉっ、すごいじゃないか! 入賞って書いてあるぞ、おめでとう!」
長崎市観光課と地元の新聞社の主催で、「長崎 春色フェスティバル」の一環として、花をテーマにした一般応募型コンテストが行われることを社内の回覧で知って、実はこっそり応募していた。
「春の花と暮らしフォトコンテスト」
それに、まさか僕の写真が入賞出来るなんて――
その結果が、花咲いた!
「瑞樹は『暮らしに咲く春色部門』で入賞って書いてあるぞ」
「まさか、あの写真が選ばれるなんて……」
「なぁ、どんな写真を応募したんだ?」
「それは……僕が撮ったのは……」
そこまで言うと宗吾さんに何故か口を塞がれた。
「いや、まだ言うな。俺の目で直接見たい」
「え?」
「だから見に行こうぜ。長崎まで」
「えぇ?」
「瑞樹、副賞の存在を忘れていないか」
「あっ!」
入賞者には副賞として、長崎のテーマパークへの招待旅行がついていた。
家族の人数分というので、応募時に迷わず3人と書いたことを思い出した。
「えっ……でも、本当に?」
「3人も招待だなんて豪華だな。ここに旅行会社の連絡先と宿泊先が書いてあるぞ」
まだ信じられない。
「瑞樹が掴んだ幸せに、俺たちも入れてくれるか」
「もちろんです」
「じゃあ俺と芽生も旅行に連れて行ってくれるか」
「はい! 一緒に長崎に行きましょう」
そこに芽生くんが部屋に駆け込んできた。
「お兄ちゃん、さっきのお手紙、何かいいこと書いてあったの?」と嬉しそうに聞かれたので、照れながら答えた。
「芽生くん、あのね、実は花の写真コンテストに入賞したんだ」
「わー! おめでとう、お兄ちゃん、やっぱりすごいね」
「芽生くん、僕と一緒に長崎に入賞した写真を見に行ってもらえるかな?」
「わぁ、それって旅行?」
「うん、旅行だよ」
「家族旅行だぞ」
「わぁーい! ボク旅行に行きたかったの、長崎って行ったことないよ」
「よし、せっかくなら連休中に行こうぜ。二人の誕生日もあるしな」
宗吾さんがすぐに日程を組んで、旅行会社に連絡してホテルと飛行機を手配してくれた。
いつも思うが、宗吾さんの行動力が好きだ。
宗吾さんのお陰で、僕の夢はどんどん叶っていく。
その晩、僕はずっと高揚したままだった。
宗吾さんと芽生くんを、僕が招待できるなんて、一緒に旅行に行けるなんて、まだ信じられない。
長崎は、僕にとって未知の土地だ。
脳裏には、色とりどりの花々が広がる美しい外国のような景色が浮かんでいる。
大好きな花に囲まれた場所で、家族で連休を過ごせる。
今度は……
幸せな復讐をしに九州に行くのではない。
僕の幸せを連れて、幸せな旅に出る。
花たちが待っている。
ともだちにシェアしよう!

