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春色旅行 3

 飛行機が水平飛行に入りシートベルトサインが消えると、瑞樹が鞄の中から箱を取り出した。 「芽生くん、宗吾さん、お待たせしました」 「やったぁ! おなかぺこぺこだよ~」 「おぅ、ついに飯か! この瞬間をずっと待っていたぞ」  箱の中には、小さめに握られた可愛いおにぎりが整然と並んでいた。  何事にも丁寧な瑞樹らしいな。  ふっくらと握られたおにぎりは、見ているだけで優しい気持ちになる。 「瑞樹のおにぎりは綺麗だな。俺が握ると凸凹爆弾みたいになるのに」 「そんなことないですよ。宗吾さんのは食べ応えがあってとっても美味しいです」  いつも優しい言葉をかけてくれるんだな、君は。 「お兄ちゃん、もう食べていい?」 「うん、もちろんだよ」 「えへへ、じゃあ、いただきます!」  その時、通路を通りかかった客室乗務員さんが足を止めて話しかけてきた。 「お茶をお持ちしましょうか」  すぐに芽生が明るく答える。 「あ、はい! あの、お父さんとお兄ちゃんの分もお願いします!」 「まぁ、お優しいお子さんですね」 「ありがとうございます」 「ありがとう!」  瑞樹と俺の声が重なったので、微笑みあった。  なんだかいいな。  こういうのっていいな。  芽生が口を大きく開けて、おにぎりをかじろうとした時、お茶が届いた。  客室乗務員さんは、今度はうっとりとした声を出した。 「まぁ、なんて可愛らしいおにぎりなんでしょう」  心から感心しているようだ。 「どなたが握られたのですか」 「あ……それは、その……僕です」  瑞樹が俯いて恥ずかしそうに答えた。  相変わらず控えめなんだな。 「ころんと可愛いサイズなんですね」 「はい、機内で子供が食べやすいように、小さめに握ってみました」 「まぁ、愛情がこもっているのですね。本当にお上手です」  瑞樹の頬が、ほんのり赤く染まる。 「お兄ちゃん、やったね!」  芽生が目をキラキラさせている。  芽生は、瑞樹が褒められるのが大好きだからハイテンションになっているようだ。  それは俺も同じだ。  瑞樹の良さに気付いてくれてサンキュ!   「どうぞごゆっくりお召し上がり下さいませ」  客室乗務員さんが立ち去った後、瑞樹がぼそっと呟いた。 「……なんだか……褒められちゃいましたね」  くぅぅ、可愛い。 「当然だ。俺の瑞樹が作ったんだから」  さらりと耳元で囁くと、瑞樹の顔がまた一段赤くなった。 「お兄ちゃんのおにぎりは世界一美味しいよ。ねっ、お父さん!」  芽生の宣言も加わって、瑞樹はもう胸が一杯の様子だ。  飛行機の窓の外には青い空が広がっている。 「お父さん、このおにぎりはお兄ちゃんが早起きしてボクのために作ってくれたんだよ。すごいよね。すごく上手で美味しいよね」  芽生が自慢するように胸を張る様子が愛おしくて、俺も胸がいっぱいだ。    大人の都合で離婚し、寂しい思いをさせた日々もあった。だが今、芽生が見せてくれる笑顔は、心からの笑顔、嘘偽りのない純真な笑顔だ。 「うん。ほんとにすごいな。よかったな」 「えへへ!」  芽生がますます嬉しそうに笑うと、瑞樹もつられて笑った。 「瑞樹、早起きして作った甲斐があったな。ありがとうな」 「喜んでもらえて嬉しいです」  飛行機は雲の上を真っ直ぐに進んでいく。  俺たちの家族旅行は、あたたかな始まりを告げていた。 「ねぇ、お兄ちゃん」  芽生が、また瑞樹に小さな声で話しかける。 「どうしたの?」 「あのね、また、この、おにぎり作ってくれる?」  瑞樹は少し驚いた顔をし、すぐに優しく微笑んだ。 「もちろんだよ。芽生くんのために作るよ。いつでも作るよ」 「やったー!」  芽生は嬉しそうに、座席の上で小さくガッツポーズをした。 「機内で食べたおにぎりの味、ずっと記憶に残るよ。瑞樹が握ったおにぎりは愛情たっぷりで、本当に美味しいよ」 「嬉しいです」 「瑞樹、今日も小さな幸せなを見つけたな」 「はい!」  やがてシートベルトサインが再びアナウンスされた。  お腹も心も、ポカポカだ。  毎日は、小さな幸せの積み重ねなんだな。  ふとした瞬間の幸せを大切にできる人、瑞樹と巡り逢えて良かった。

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