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春色旅行 4
シートベルトをしっかり締めて座る芽生くんに、客室乗務員さんが笑顔で話しかけてくれた。
「きちんとシートベルトを締めてくれてありがとう。これ、よかったら、どうぞ」
差し出されたのは、小さな箱に入った飛行機の模型だった。
「えっ、ボクももらっていいの? 赤ちゃんだけじゃないの?」
芽生くんが目を丸くすると、客室乗務員さんがにっこりと頷いた。
「がんばってるお兄さんにプレゼントですよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
いただた箱をそっと開けると、芽生くんの顔がぱっと明るくなった。
模型は翼の先に航空会社のロゴ、白い胴体には青いラインが入っていた。窓やタイヤも細部まで丁寧に作られていて、僕が見てもすごいと思えるものだった。
芽生くんはそっとそれを手のひらに乗せた。
「わぁ、すごーい! こんなに小さいのに本物みたい!」
模型を小さく持ち上げて、空を飛ぶように手の中でくるりと回す。
「ぼく、これに乗って、お兄ちゃんとパパと沢山旅行したいな」
芽生くんの夢は無限だ。
「雪が沢山積もっている所や、動物が一杯いる所にも行ってみたい」
芽生くんはそのまま模型をじっと見つめた。
「あのね……」
「どうしたの? 言ってごらん」
「あのね、お兄ちゃんはボクが大人になっても一緒に旅行してくれる? お兄ちゃんは、ずっといてくれる?」
その言葉に、僕の胸はぎゅっとなった。
宗吾さんは静かに息を吸い、芽生くんの髪をやさしく撫でた。
「もちろんだ。瑞樹はずっと俺たちの傍にいるさ。だから一緒に行こう」
僕はそっと芽生くんの肩を抱き寄せた。
「大人になっても、ずっと同じように隣にいるよ」
心を込めて伝えたい。
僕はこの約束を守るよ。
すると芽生くんは安心したように、ふわっと笑ってくれた。
「よかったぁ!
模型の飛行機は、芽生くんの手の中でくるくると旋回しながら、未来へ続く空に飛び立っていく。
着陸する場所は、きっと芽生くんの宝箱。
****
飛行機は長崎空港に無事着陸した。
「ここからは俺に任せろ。とびっきりの旅を用意したよ」
やる気満々の宗吾さんに、僕と芽生くんは微笑みあった。
「どこまでもついていきます」
「じゃあ、こっちだ」
てっきり市内へのバスに乗るのかと思いきや、宗吾さんは船乗り場に向かっていった。
「えっ、船なんですか」
「そうだよ。ホテル行きの直通フェリーだ」
「驚きました」
港に着くと、春の風を受けてゆったりと揺れる船が、僕たちをフェスティバル会場へと導く準備をしていた。
「わぁ、ほんとに、船に乗るの? やったー!」
芽生くんは両手を上げて、飛び跳ねるようにデッキへ走っていく。
まさか船に乗れるなんて予想もしてなかったので、僕も走り出したい気分だ。
「瑞樹も走れよ! 俺、君の走り見るの好きなんだ」
「えっ」
「ほらっ」
トンっと背中を押されたら、自然と走り出していた。
まるで背中に羽が生えたように、身体が軽かった。
清々しい!
旅って、こんなに開放的な気分になるものなのか。
宗吾さんと知り合って、函館、大沼、軽井沢には何度も行ったが、南の方には行かなかった。
あの湯布院への旅行以来――
あの時は『幸せな復讐』という名目があったが、今回の旅行は……
僕たちの家族旅行――
船が動き出すと、海面がきらきらと輝いていた。
海は、まるで僕の心を映す鏡のようだ。
僕は鞄から一眼レフを出して構え、宗吾さん、芽生くん、そして青い海と空を、カシャカシャと音を立てながら撮影した。
やがて花のフェスティバルを開催中のテーマパークが見えてくる。
Huis Bloem(ハウス・ブルーム)
四季折々の花が一年を通して場内を彩るテーマパーク。
春のチューリップ、初夏の薔薇をはじめ、 季節の花々をいつでも楽しむことができるそうだ。
今は五月、まさに薔薇の季節だ。
「お兄ちゃん見て! あれ、外国のお家みたい」
芽生くんが指さす方向には、白い壁に赤い屋根、蔦の絡まる石造りのクラシカルなホテルが、春の光に包まれて静かに佇んでいた。
「まるで外国に来たみたいだ」
僕は目を細めて、そのホテルを見つめた。
春風が吹き抜けていく。
「なんだか、お兄ちゃんって、春の王子様みたい」
「えっ、王子様は芽生くんだよ?」
「ううん、ボクはキシさんだよ」
宗吾さんが笑いながら「じゃあ、俺もキシさんになるぞ」と肩を抱いてくれた。
まるでおとぎ話の絵本の世界に迷い込んだような高揚感。
僕たちの春色旅行は、ドキドキワクワクで満ちている。
Huis Bloem(ハウス・ブルーム)
花の家は、僕たちを待っている。
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