1784 / 1863

特別番外編🎂芽生の11歳の誕生日🎈

 五月の空は、まるで芽生くんの誕生日を祝うように澄み渡っていた。  バルコニーで深呼吸すると、風に乗ってこいのぼりが、元気に空を泳いでいるのが見えた。  僕はリビングに戻り、テーブルの上に小さなカードを並べた。  今日は芽生くんの11歳の誕生日。    事前に「何か欲しいものはある?」とプレゼントのリクエストを聞くと、芽生くんはこう答えた。 「お家で宝探しがしたいな」  宝探し?  少し不思議な、とっても可愛い願い事を叶えてあげたくなった。  だから、宗吾さんと僕とで、夜な夜な考えて用意した。 …… 「瑞樹、宝物は11個用意しようぜ」 「いいですね、11歳だから11個なんですね」 ……  宗吾さんと芽生くんを喜ばすアイデアを出し合うのも、楽しかった。  喜んでくれるといいな。  11枚のカードを部屋に隠し終わると、ちょうど芽生くんが起きてきた。 「お兄ちゃん、おはよう」 「芽生くん、お誕生日おめでとう! プレゼントは11歳の宝物探しだよ」 「わぁ、面白そう!」  僕は微笑みながら、最初のカードを芽生くんに手渡した。 「じゃあ、最初はこれだよ。わかるかな?」  カードの表には「最初の宝物は、毎朝一緒にいる美味しそうな匂いがついた物の中だよ」と書かれていた。 「えーと……毎朝いっしょでおいしそうな匂いって、あっ、パパのエプロンかも」  芽生くんがキッチンに駆けていく。  その様子を宗吾さんと一緒に見守った。  さぁ、宝探しのスタートだ!  エプロンのポケットには、小さな缶バッジが入っていた。  缶バッチには「早起きできたよ」と書かれていた。  宗吾さんがマジックで書いてくれた。 「わあ……! 早起きできたら、これつけていいの?」 「そうだよ」  宝物は、芽生くんの毎日に寄り添うささやかなものを用意した。  バッチと共に、2番目のカードが出てくる。   「2番目は大好きな本の中にいるよ」 「えっとえっと、あ、もしかして『トカプチ』くんの本?」  芽生くんが本棚から本を取り出してページをめくると、僕が手作りした四つ葉のしおりが出てきた。  裏にはメッセージを添えておいた。 『ページを静かにめくる時間は、心の中を旅しているんだよ。芽生くんが旅で見つけた物語を、あとで少し教えてくれたら嬉しいな。 ――お兄ちゃんより』 「3番目は遠い場所から届くもの」 「お手紙かも。 じゃあ玄関だ」  郵便受けには、大沼のおじいちゃんとおばあちゃんからの誕生日カードが入っていた。中には、少し色あせた古い外国の切手が何枚か丁寧に挟まれていた。 『芽生坊、11歳、おめでとう。少し大きくなった君へ渡したくて集めていた切手がある。この古い切手は、一枚一枚の中に、昔の旅や人の気配が残っているんだ。そっと触れてごらん。 言葉じゃなくても伝わるものがある。大人になるって、そういう静かな声を聴けるようになることかもしれないな。――大沼のおじいちゃんとおばあちゃんより』  くまさんのメッセージはとても深くて素敵だ。  4番目は白い便せんにシンプルな文字で『使い方は君次第だ』と書かれていた。 「???」  これを探すのには苦労したが、机の引き出しの中から無事に発見した。  芽生くんが「ここかも」と机の引き出しを開けると、新しい鉛筆が5本と、真新しい学習ノートが入っていた。ラベルには「NOTE」とだけ書かれている。その裏には、憲吾さんのメモが貼ってあった。 「芽生へ 11歳の誕生日おめでとう。 この先きっと楽しいことだけじゃなく、わからないこと、難しいことも出てくるだろう。だが芽生ならきっと乗り越えられる。少しずづ自分で考えることを学んでいくといい。応援してる。――憲吾おじさんより」  芽生くんは綺麗に削られた鉛筆をじっと眺めた。 「そうなんだね。使い方は、ボクしだいなんだね」とゆっくりと贈られた言葉を噛みしめていた。  宝物はまだまだ続く。  最近また背が伸びたので新しいエプロン。  10歳の誕生日の写真アルバム。  1つ、また1つ、宝物を見つけては芽生くんは嬉しそうに抱きしめてくれた。  10番目のカードは、録音されたメッセージを聴いて欲しいというものにした。 「声の贈りものは、大好きな人の顔を思い出させてくれる魔法だよ。パパのスマホの中のこのマークのフォルダを開いてみて」  芽生くんがスマホの「VOICE」フォルダを開くと、宗吾さんが事前に準備してくれた軽井沢からのメッセージが次々と再生された。  まずは、いっくんの可愛らしい声。 「めーくん、おたんじょうびおめでとう。いっくん、おにいちゃん、だーいすき!」  次に、菫さんの優しい声。 「芽生くんが心を大切に育ててきたこと、ちゃんと伝わってるわ。これからも、ありのままの芽生くんでいてね、いっくんの優しいお兄ちゃんでいてね」  そして最後に、少し照れた潤の声。 「芽生坊、誕生日おめでとう! お兄ちゃんとして、いっくんにいろいろ教えてくれてありがとう。芽生坊はオレにとって、最高の甥っ子だ」  芽生は少し照れながらも、笑顔で聴き終えた。 「パパぁ、もう一回」 「何度でも聞き返せるぞ」  素敵な贈り物だった。  そしていよいよ最後のカードだ。  最後のカードは、家族3人で撮った写真が貼っておいた。 「この家の一番大事な宝もの。暖かくて、柔らかくて、優しくて、明るくて……触れるとほっとするもの」 「えっ……これって、もしかして……もしかして」  芽生くんがドキドキしながら振り返ったので、僕と宗吾さんは両手を広げて頷いた。 「宝物は……僕なの?」  芽生くんがタタッと走って、僕と宗吾さんの胸にぽすっと飛び込んでくれた。  僕たちは芽生くんをギュッと抱きしめて「正解だよ」と微笑んだ。 「芽生くん、この世に生まれてくれてありがとう。僕と一緒に暮らしてくれてありがとう。芽生くんが、いちばんの宝物だよ。芽生くんは僕の幸せだよ」  芽生くんの大好きなチョコレートケーキを囲んで、家族でお祝いをした。  芽生くん11歳おめでとう!  君と一緒に成長できる喜び、毎日感じているよ。  毎日幸せを更新できるのは、宗吾さんと芽生くんがいるから。

ともだちにシェアしよう!