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母の日特別SS『ハッピーライラック』

前置き  今日も母の日エピソードの続きを書きたくなってしまいました。  ペコメ欄で『ハッピーライラック』という素敵な言葉を教えて下さった読者さま(咲良さん)にSpecial Thanks💞 ****  僕が天国の母のために作ったブーケは白いライラックが主役で、ピンクのカーネーションを添えたものだった。 「お兄ちゃん、こっちのお花の名前をもう1度教えて」 「これはね、ライラック。北国では桜が終わる頃から咲き始めるんだ」  教えてあげると、芽生くんは子供部屋から僕が以前プレゼントした『花事典』を引っ張り出してきた。 「もっと知りたくて」  芽生くんの好奇心旺盛なところ、大好きだよ。  自分で調べて、どんどん動く。  宗吾さんそっくりの明るい前向きな性格に、今日も元気をもらったよ。  ライラックのページで、芽生くんは下の方の細かい文字に目を止めた。 「ここ、知ってた?」 『まれに花びらが五枚のものがあり、それを見つけると幸せになれるというハッピーライラックの言い伝えがある』 「うん、知ってはいたけど、残念ながら実際に見つけたことはないよ」  芽生くんはじっとその言葉を見つめて、ページにそっと指を置いた。 「そうなんだね。あっ、もしかしたら、あのライラックに五枚の花びらがあるかも! 探してみるよ、お兄ちゃんに幸せをプレゼントしたいんだ!」  おそらくそう簡単には見つからないと思うが、そんなことよりも、芽生くんが僕に幸せを贈ろうと思ってくれた気持ちが嬉しかった。 「うーん、ないなぁ、四つ葉のクローバーは見つけたことあるんだけどなぁ」 「その気持ちだけで十分だよ。ありがとう」  項垂れる肩を優しく抱いてあげると、芽生くんは何か閃いたように顔を上げて、目を輝かせた。 「ちょっと待ってて」  今度は子供部屋からお絵かきセットを持ってきて、僕の目の前で突然絵を描き出した。 「見ててね」  五枚の花びらのライラックを一輪、色鉛筆で描いていく。  とても優しいタッチで。  そして描き終えると、僕に「はい、どうぞ」と、渡してくれた。 「あのね、本物は見つからなかったから描いてみたんだ。どうしてもお兄ちゃんに幸せをプレゼントしたくて」 「ありがとう……」  僕はその絵に、胸がいっぱいになった。    本物でなくても、いい。  奇跡なんて起きなくても、いい。  芽生くんが描いてくれた花が、いちばんの幸せをくれたから――  色鉛筆で丁寧に描かれた絵を抱きしめると、胸が熱くなった  奇跡に頼らなくても、目の前の存在がすでに奇跡なんだ。  芽生くんは僕の天使。    宗吾さんと芽生くんに出会えて、本当に良かった。 「僕の宝物にするよ」  そこに宗吾さんがやってくる。 「芽生、やるなぁ、反則級に可愛いことするんだな」  冗談めかしたその一言に、僕はふっと笑って、涙がこぼれそうになるのをごまかした。 「本当にもう……ずるいくらいに、幸せです」  その日の夜、宗吾さんはライラックの絵を小さな額に入れて、寝室に飾ってくれた。  嬉しくて……  電気を消す直前、ふと絵を見て「おやすみ」と思わず声をかけてしまった。  まるで天国にいる家族に話しかけるように――  そして目を閉じ「この幸せを、明日も大事にしよう」と胸に誓った。    静かな暗闇の中、そっと声がした。 「……瑞樹、泣いたのか?」  宗吾さんからの優しい問いかけに、僕はふっと笑って首を振る。 「泣いていません。ただ……胸がいっぱいで。幸せが少しだけ溢れそうになったんです」  宗吾さんの逞しい腕にギュッと抱き寄せられる。 「そっか、じゃあ明日もいっぱい詰めてやるよ。瑞樹のこの胸に幸せを」 「はい」  僕は小さく頷いて、彼の手をそっと握ってみた。 「今日もありがとうございます……嬉しいことが沢山ありました。小さな幸せが沢山見つかりました」 「俺も同じだよ」  指先の温もりは、安らかな眠りへの眠り薬のよう。  ライラックの絵が見守る静かな夜。  僕たちはいつものように『おやすみ』のキスを交わして、そっと目を閉じた。

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