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春色旅行 7

 レストランのテーブルには、春の食材を使ったコース料理がゆったりと並んでいた。  アーチ型の窓の外にはライトアップされた中庭が見え、昼間とはまた違った幻想的な雰囲気に包まれている。  僕の隣では、芽生くんがハンバーグを嬉しそうに頬ばりながら目を輝かせていた。 「お兄ちゃん、さっきのバラのこと覚えてる?」 「もちろん、覚えているよ」  そう答えると、芽生くんは少し恥ずかしそうな顔で、スプーンをくるくるまわした。 「あのね、さっきのバラってお兄ちゃんに似てるなーって思ったの。やさしそうで、ふわってしてて、きれいで、だいじにしたくなるの」  宗吾さんも、芽生くんに続くように大きく頷いた。 「芽生、今の、大事にしたくなるって言葉、いいな」 「えへへ」  頬が火照るのを感じた。 「そうなんだね、ありがとう」 「お兄ちゃんはほっとする場所なんだ、ボクの大切な場所だよ」  芽生くんのまっすぐな視線を受けると、幸せが満ちていく。  それを今日も実感出来た! ****  芽生の「やさしそうで、ふわってしてて、きれいで、だいじにしたくなるの」という台詞。  俺も同感だ。  よく分かっているな、芽生。  瑞樹という男は、当にそういう人なんだ。  俺にとっても瑞樹は、いつも花のようにやわらかな優しさを差し出してくれる人だ。そして、いつもそっとそばに寄り添ってくれる。  瑞樹は大きな傷を抱えているが、深く傷ついた分だけ、人を大事にできる人なんだ。  それがどんなに強く、どんなに美しいことか――  芽生がそんな瑞樹に対して「だいじにしたくなる」と言い切ったのは嬉しかったぞ。  俺と芽生は同志だな。  瑞樹を大切にしたいと心の底から思っている。 「俺もそう思ってる」  俺の思いをまっすぐ届けると、瑞樹ははにかむような可愛い笑顔を見せてくれた。 「それは僕の台詞でもあります。僕が大事にしたいのは宗吾さんと芽生くんです。この生活が愛おしくて……あの……今日もありがとうございます」 「お兄ちゃん、ボクもありがとう!」 「瑞樹、ありがとうな」  3人の声がつながっていく。    俺の家族だ。これが――  それを再認識できて、嬉しい。  客室の明かりは、読書灯だけになっていた。  芽生は一足先にベッドにもぐりこんで、お気に入りの羊のぬいぐるみを抱きしめながらすうすうと寝息を立てている。  もう5年生だが、まだ5年生だ。  寝顔は小さな時のままだな。  久しぶりにゆっくり寝顔を見つめていると、隣に瑞樹がやってきた。 「芽生くん、可愛い寝顔ですね」 「まだまだちっこいな」 「成長も嬉しいですが、この瞬間も愛おしいです」 「二人でしっかり見ていこう」  ホテルのパジャマ姿になった瑞樹をそっと抱き寄せて、壁に押しつける。 「あっ」 「しっ、芽生が起きてしまうぞ」  カーテンの隙間からは、中庭のバラ園がぼんやりと見えていた。ライトアップはもう終わっているのに、輝いているように見えるのは、昼間の余韻が心の奥に残像として残っているからかもしれない。 「夢みたいな1日でしたね、薔薇も満開で……」 「あぁ」  瑞樹を抱きしめると、花の香りがした。  芽生が言うとおりだ。  優しくて、ふわってしていて、綺麗で、大事にしたくなる人だ。  そのまま軽く口づけをしてベッドに誘う。   「芽生が言ったことを覚えているか」 「はい」 「俺たちにとって、君はとても大事な人なんだよ」  瑞樹は小さく微笑んでから、自ら俺の胸に飛び込んできてくれた。 「宗吾さん、大事な人から大事にされるのって、すごく、うれしいですね」  二人の鼓動が重なっていく。  その温もりに、胸の奥がじんわりあたたかくなった。  もう言葉はいらない。  中庭の薔薇たち、芽生の健やかな寝息、ホテルの夜の静けさ  すべてが俺たちに寄り添ってくれている。 「こんな静かな夜も悪くないな」 「はい……とてもよく眠れそうです」 「もう寝ちゃうのか」 「え、えっと」 「ははっ、一つ頼みがある」 「え、えっと」 「手をつないで寝りたい」 「あ、はい」  俺たちはベッドにもぐりこみ、手をつないだまま、静かにまぶたを閉じた。  今……とても幸せな気分だ。  そして明日が待ち遠しい。  

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