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春色旅行 8

 翌朝、朝食を食べ終えると、僕たちは『春の花と暮らしフォトコンテスト』の入賞作品の展示会場へ向かった。  会場までは、地図で確認すると徒歩10分ほど。  薔薇の小道を歩き出すと、朝の光を浴びた花が芳しい香りを放っていた。 「うわぁ、いい香りだね。あっ、あそこ、おとぎ話の世界みたい!」  芽生くんが目を輝かせて、小道の先を指差す。  そこには、緑のツタに覆われた小さな木の小屋がぽつんと建っていた。  窓辺には白いレースのカーテンが揺れ、扉には『Welcome』と手描きの看板。  まるで誰かの秘密のアトリエのようだった。 「本当に絵本の中に迷い込んだみたいですね」 「こりゃ、あえて迷子になりたくなるな! 俺は小さい頃、寄り道が大好きだったよ」 「宗吾さんらしいです」  宗吾さんが豪快に笑って、僕の肩を優しく抱いた。  Huis Bloem(ハウス・ブルーム)には、何気ない風景が物語のように息づいている。  そのすべてが愛おしい。  コンテストの展示会場は、陽射しがやわらかく差し込む白いホールだった。  足を踏み入れると、春の花をテーマにした写真が、壁沿いにずらりと並んでいた。 「たくさんあるね、お兄ちゃんのはどこかな?」 「ちゃんと見つかるでしょうか」 「ゆっくり探せばいいのさ」  宗吾さんは芽生くんの手をつないで、ひとつひとつの作品を眺め、芽生くんも少し背伸びしながら、カメラで切り取られた花の世界に見入っていた。  僕はその後ろを、ドキドキしながら歩いていた。  そして――  宗吾さんが足を止め、僕を振り返った。 「瑞樹の作品を見つけたぞ!」  小さな窓のような額縁に収められたのは、マンションのベランダに置かれた鉢植えのハナミズキ。白く柔らかな花に、小さな子どもの手がそっと添えられた写真だった。  芽生くんも写真を見上げ、それから少し驚いた表情を浮かべた。 「……あっ」  芽生くんは目を輝かせて、僕の手を握った。 「お兄ちゃん……これって、これってボクの手?」 「うん、そうだよ。春の朝、花に触れようとしていたよね」 「覚えているよ! お兄ちゃん……すごい! うれしいよー」  芽生くんが、僕の腰にぎゅっと抱きついてくれた。 「そうか、これが瑞樹が見ている世界なんだな」  宗吾さんの声も、少しかすれていた。  僕の心に、幸せが満ちてくる。  溢れ出してくる。  大切な人の日常を、僕の手で残すことができた。  それが嬉しくて――。   ***  参ったな。  瑞樹の写真に、ぐっときた。  瑞樹から見た世界が、あまりに幸せで、あまりに優しくて。  写真の下には、タイトルが添えられていた。   『小さな手のひらに、春を受け継いで』  瑞樹が写真に込めた想いが、しっかり伝わってくる。  俺たちの家の小さなベランダには、春になるとハナミズキの鉢植えが白い花を咲かせる。風にそっと揺れる花は、穏やかな朝を静かに運んできてくれる。  何よりも、あのハナミズキは瑞樹の故郷の花だ。  瑞樹の両親と弟が眠る、大沼の墓地のそばに咲いていた一本のハナミズキの苗木を分けてもらったんだ。  ハナミズキは遠く離れた街で生きる瑞樹のために、大都会で静かに根を下ろし、春を告げてくれる。  この写真を撮った日のことは、よく覚えている。  芽生が小さな手で、ハナミズキの白い花にそっと触れた。  その仕草は、まるで何かを受け取るようでもあり、花に語りかけているようでもあった。  俺の横に立っていた瑞樹はさっと一眼レフを構え、シャッターを切った。  窓辺に差し込む朝の光。  白く咲いたハナミズキ。  そっと花に触れる小さな手。  写真には花と芽生の手しか写っていないが、そこには瑞樹の「過去」と「今」と「これから」が、静かに優しく折り重なっているようだった。 「瑞樹、改めて『暮らしに咲く春色部門』入賞おめでとう!」 「あれ? パパ、入賞じゃなくて大賞って書いてあるよ」 「え?」 「おぉぉ、本当だ。瑞樹すごいぞ!」  その後、俺たちは3人で喜びを分かち合った。  どんな時でも、3人でこうやって分け合っていこう!

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