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春色旅行 9
「本当に僕が……大賞を……?」
芽生くんが指さす方向を見ると、確かに僕の作品の左上に、小さな金色のプレートがついていた。
そこには、こう書かれていた。
春の花と暮らしフォトコンテスト
暮らしに咲く春色部門《大賞》
『小さな手のひらに、春を受け継いで』
葉山 瑞樹
一瞬、頭の中が混乱してしまった。
「入賞だって聞いていたのに……」と、自分の声が反響する。
「あの、これ……間違いじゃ……?」
戸惑って後ずさると、宗吾さんがそっと背中を支えてくれた。
「瑞樹、間違いないよ。名前も写真も、君だよ」
「……でも、そんな、僕なんかが……」
すると、展示を担当していた女性が近づいてきて、にこやかに言った。
「もしかして、このお写真の投稿者の方ですか?」
「あ、はい。葉山瑞樹です」
「おめでとうございます。入賞作品は事前に地元の新聞に掲載され、読者投票で大賞が決まったんですよ。葉山さんの作品は、暮らしの中にある何気ない春の温もりを、優しく写し取っていて印象的でした」
「ありがとうございます」と返そうとしたが、感動と興奮で喉の奥が詰まって言葉にならなかった。じわっと目の奥が熱くなって、慌ててパチパチと瞬きを繰り返す。
嬉しい、なんてもんじゃない。恥ずかしいくらいに自信がなかった僕が、大賞だなんて信じられない。
「お兄ちゃん、すごい! 本当にすごいよ。ボク、うれしい!」
芽生くんの声に、やっとのことで頷けた。
「ありがとう。芽生くんと宗吾さんのおかげだよ」
「じゃあボクたちみんな、おめでとうだね!」
無邪気な笑顔に、胸の奥が熱くなった。すると宗吾さんが、そっとハンカチを差し出してくれた。
「ありがとうございます、宗吾さん……まだ信じられないですが、今――とても幸せです」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど震えていた。
「瑞樹の写真は、見る人を癒してくれるから。選ばれるの、分かるよ」
会場をひとまわりすると、ふたりが少し距離を取ってくれた。
「行っておいで」と宗吾さんが促してくれ、「お兄ちゃん、ゆっくり見てきてね」と芽生くんも背中を押してくれる。
……ありがとう。僕は幸せだ。
少しだけふたりから離れて、展示会場を歩いた。
白い壁に並ぶ写真は、どれもそれぞれの春色だ。
朝ごはんの食卓、子どもが拾った花、雨の公園……
誰かの暮らしの中に咲いた、一瞬の光。
そして僕の写真も、その中にちゃんとある。
都会のベランダに咲いたハナミズキと小さな手のひら、やさしい朝の光。
通りすがりの人も、僕の写真の前で足を止めてくれる。
恥ずかしいが……さっきよりも少しだけ自信が持てた。
――あの日、あの時、カメラを向けてよかった。
僕の写真を「いい」と思ってくれた人がいた。
ありがとう、ありがとう――!
そのまま、再び歩き出し作品を見ていく。
どの写真にも、撮った人のまなざしがあり、丁寧に重ねられた日々が映っていた。
その中で、ふと、ある一枚の前で足が止まる。
湯気の立ちのぼる温泉。
濡れた石畳の上、小さな子どもの手を包む大きな掌。
右手の甲に、星のようなほくろがあって……
その光景に、ハッと息をのんだ。
この手は……
かつて握られた記憶のある手だ。
まっ、まさか――
添えられた名前を見て、「やっぱり」と目を見開いた。
若木 一馬『湯気の中の幸せ』
まさか、こんなところで一馬、お前に再会するなんて。
胸の奥がぎゅっと締めつけられたが、不思議と痛みはなかった。
懐かしさとも違う。
ただただ、素直に向き合える相手だ。
「一馬の幸せも見せてくれてありがとう」
写真を見つめながら、小さく呟いた。
あの頃の苦しさも、迷いも、やりきれなかった日々も――
もう、僕の中ではとっくに過去になっている。
あの年、湯布院まで幸せな復讐をしに行けて本当によかった。
改めて、この写真一枚が、すべてを教えてくれていた。
僕は写真に向かってそっと手を振った。
「じゃあね」なんて言葉にしなくても、伝わるだろう。
……もう、苦くないよ。むしろ、ありがとうと思えるよ。
なぜなら、あの恋があったから、今の僕がいるんだ。
振り返れば、宗吾さんと芽生が僕の方を見て、手を振ってくれていた。
――さあ、戻ろう。
僕の「今」へ。
春色の光が降り注ぐ中、僕はまっすぐ、ふたりのもとへ走り出した。
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