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春色旅行 11
夜の観覧車は、ゆっくりと楽しい時間を惜しむように回っている。
さっき宗吾さんと芽生くんと乗った観覧車が窓から見えるなんて、すてきな客室だ。
芽生くんは遊び疲れて眠ってしまい、今は静かな時間が流れている。
僕はカバンから封筒を取り出して、じっと見つめた。
大賞をいただいただけでなく副賞まで……
夢のようだ。
僕の撮った写真が「読者が選ぶ大賞」に選ばれた。
『小さな手のひらに、春を受け継いで』
そう題した写真は、芽生くんがベランダでハナミズキに触れた朝の一瞬を切り取ったものだった。
それがこんな風に誰かの心にも届いて、大賞をいただけるなんて。
「宗吾さん、これ……開けてみましょうか」
「おぉ、気になってたんだ。なんだろうな?」
「副賞と書いてあります」
そっと開封すると、鮮やかな紙面に印刷された『全国共通宿泊券』の文字が見えた。
「旅行券か」
「はい、そのようです」
「……すごいな、瑞樹。おめでとう」
そう言ってくれた宗吾さんの声が、くすぐったい。
今、僕の胸の奥には、言葉にしきれない思いが湧き起こっている。
――見せたかったな。
カメラマンだったお父さんに……
――会いたいな。
僕のお父さんになってくれたくまさんに。
宗吾さんは、そんな僕の心の内をすぐに察してくれた。
「瑞樹、この旅行券で帰省して、お父さんとお母さんに甘えて来いよ」
「……え?」
「君の写真に癒やされた人が沢山いたから『大賞』を取れたんだ。だから、そのことを直接伝えたいだろ? 胸を張って帰省して、今の瑞樹をしっかりお父さんとお母さんに見せてこい」
宗吾さんらしい発想と勢い。
明るく力強い声に、胸があたたかくなる。
僕はそっと、宗吾さんの手を取った。
「ありがとうございます。あの……じゃあ、一緒に帰りませんか。芽生くんも連れて、家族全員で」
それが今の僕の、素直な気持ちだ――
「OK!」
宗吾さんは快活に笑った。
早速、大沼のお父さんの元へ、電話をかけてみた。
コール音が三度鳴って、くまさんの大きな声が受話口に広がった。
「……おう、みーくん。長崎旅行、楽しんでるか」
「あ……お父さん、こんばんは。……はい、すごく楽しいです。芽生くんはもうぐっすりです」
「そうか。テーマパークは連休だから混んでいただろう」
「はい、すごい人でした」
「みーくん、人混みで少し疲れたんじゃないか」
図星すぎて、苦笑してしまった。
さすが、僕を赤ちゃんの時から見守ってくれた人だ。
「はい……でも、宗吾さんがすごく頼もしくて。……それで、あの、今日は話したいことがあって」
「……なんだ?」
僕は、机の上に置いた副賞の封筒をそっと撫でた。
「実は……写真コンテストで大賞をいただきました。地元紙の読者の方が選んでくださった賞です。僕の写真に誰かが心を動かしてくれたのかなって思うと、嬉しくて……」
小さく息を呑む音が聞こえた。
「……そりゃあ……すごいな。……ほんとに、すごいよ、みーくん」
「ありがとうございます。それで副賞で、全国のホテルで使える旅行券をいただきました」
「ほう……」
「だから飛行機のチケットを買って、家族で帰ろうと思っています。お父さんとお母さんに、僕たちの『今』を見てもらいたくて」
その言葉を口にした途端、胸の奥から何かがゆっくりとほどけていった。
「あの……写真を見せたかったんです。……小さい頃、カメラを握って僕を撮ってくれたお父さんと、今、僕の故郷にいてくれるくまさんに」
「みーくん、嬉しいことを……天国にいる大樹さんもきっと喜ぶよ」
電話越しの声が、わずかに震えた。
「くまさん、大好きです」
「あぁ、言わなくたって、いつだってちゃんと伝わってるさ。だけどな、そうやって言ってくれるってのは、やっぱり嬉しいもんだな」
しばらく言葉が続かなかった。
だが、その沈黙は、あたたかくて、優しい。
すると……電話の向こうで、ゴソゴソと何かを撫でるような音がした。
「お父さん、何の音ですか」
「一眼レフを撫でているのさ。大樹さんは、いつかみーくんにもカメラを教えたいって、よく話していたよ。『瑞樹は繊細で優しいから、レンズ越しに人の心を見られるようになるだろう』と断言していたが、本当にそうなったな」
「……お父さん……ありがとう。帰省したら、たくさん話します。コンテストで受賞した写真も持っていきます」
「おう……気をつけてな。ここは、いつでも帰ってきていい場所だからな」
「……うん。帰るね」
最後は、つい甘えた声を出してしまった。
電話を切ると、甘い余韻が広がった。
僕は、そっと窓の外を見上げた。
静かな夜の空に、観覧車の光がゆっくりと回っている。
よかった。
今日も伝えたかった人に、ちゃんと伝えられた。
胸の奥が、ぽかぽかとあたたかい。
そっと、コンテストの写真を抱きしめた。
この写真は、大切な人たちに『僕たちの春』を届けるためのチケットだね。
春色旅行は南から北へ――
僕は幸せを届けに旅に出る。
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