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春色旅行 19
窓一面に広がる長崎の夜景に、瑞樹はうっとりとした表情を浮かべていた。
「宗吾さん、この席から見える夜景、すごいです。あの、まるで星空が静かに街に降りてきたみたいに煌めいています」
「そうだな」
瑞樹の声はどこか夢見心地で、その感動がまっすぐに届く。
「パパ、ここは本当にスペシャルな席だね。お兄ちゃんのお誕生日だからだね」
芽生も嬉しそうにウィンクする。
家族の会話にも自然と花が咲き、美しい夜景を背に笑い声が小さな個室にやさしく響いた。
ここには、俺たちだけの静かな時間が流れていた。
瑞樹は椅子に深く腰を下ろし、眼前に広がる幻想的な光景をまだじっと見つめている。そのうっとりとした横顔があまりに愛おしくて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
……俺は、本当に瑞樹が好きだ。
一秒ごとに、好きが増していく。
こんなにも人を愛おしく思えるなんて――それは、瑞樹だからだ。
「こんなに綺麗な夜景を見ながらのディナーなんて、感激しました。なんだか夢の中にいるみたいです」
瑞樹は頬をほんのりと染め、やわらかく微笑む。
その笑顔からは、言葉にしなくても心いっぱいの幸せが伝わってくる。
瑞樹は本当に満ち足りた気持ちになってくれている。
「瑞樹が喜んでくれてよかったよ。今日は、君だけの特別な夜だからさ」
そう言うと、瑞樹はまっすぐに顔を上げた。
彼の瞳はいつもあたたかいが、今夜はひときわ深い優しさに満ちていた。
「ありがとうございます。こんな素敵な場所を選んでくださって……」
心からの感謝が、言葉に滲んでいた。
俺はそっと手を伸ばし、瑞樹の手を包み込む。
「瑞樹がこの世に生まれてきてくれて、本当によかった。だから君の誕生日は、俺にとっていつも特別なんだよ」
瑞樹が幸せでいてくれること――それが、俺の一番の願いだ。
ディナーが進むにつれて、ほろ酔いの瑞樹はますますリラックスし、甘い笑みを頻繁に浮かべてくれた。
相変わらず、可愛いな。
可憐な男だ。
「その笑顔が見たかったんだ。やっぱり俺の演出は最高だな~」
冗談めかして言うと、瑞樹は顔を赤らめ、はにかんだように笑った。
「はい……宗吾さんの演出は、いつも最高なんです」
そう言って、瑞樹はグラスを少し掲げた。
「瑞樹、これからもずっと一緒に過ごそう」
「はい」
グラスが触れ合う澄んだ音が、静かな個室にやさしく響いた。
そのとき、スタッフがバースデープレートをそっと運んできた。
キャンドルの灯りに照らされた色とりどりの花びらと小さなショートケーキに、瑞樹の目がぱっと輝く。
「わぁ……これ、僕の……?」
その声はまるで子どものように無邪気で、可愛らしかった。
「瑞樹、ちょっと早いけど、誕生日おめでとう」
「お兄ちゃん、またひとつ大きくなったんだね!」
芽生の言葉に、俺はくすっと笑ってうなずいた。
「そうみたいだね」
ディナーを終え、俺たちは再びスロープカーに乗り込んだ。
貸し切りの車内で、スロープカーはゆっくりと夜の長崎の街へと降りていく。
その景色を眺めていると、ふと胸に寂しさがこみ上げた。
ああ、夢のような時間からまた現実へ戻ってしまうのか――
「はぁ……お互い、明日は仕事か〜」
思わずため息まじりにぼやく。
「午前中には東京に戻らなきゃいけないのが悔しいよ」
「でも……名残惜しいくらいが、ちょうどいいのかもしれません」
「どうして?」
問い返すと、瑞樹は少し戸惑いながらも、そっと教えてくれた。
「……また一緒に来たくなりますから」
「……そうか、じゃあ、また来ような」
「ボクもまた来たいな〜。だって、長崎すごく楽しかったもん!」
芽生の笑顔に、俺たちの心もふっとやわらいだ。
そうだな、また来ればいい。
俺は瑞樹と芽生の肩に腕をまわし、笑顔で宣言した。
「よーし、また来るぞー! 長崎、待ってろー!」
くすっと笑う瑞樹の声が、夜の静けさにやさしく溶けていく。
スロープカーの揺れに身を委ねながら、俺たちの未来を思い描けることの幸せを、確かに感じていた。
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